バダブ陥落

〈鋼鉄の円環〉突破(913.M41)

「我が近衛が眠り、我が艦が投錨していようとも、怨敵は大砲が止まぬことを知るのだ」ルフグト・ヒューロン、バダブ総統、909.M41頃
 〈忠誠派〉がバダブの最終包囲を決行する用意はととのった。その軍勢は不気味なスター・ファントム戦団の艦隊が十個中隊と〈戦機兵団〉(レギオ・クルシウス。〈帝国技術局〉の戦闘部局の一)の巨兵隊を搭載して到着したことによって大幅に増強された。この巨兵はオングストロームの〈技術力〉の援助によるものであった。また、〈オルドンの剣〉などの大型軍艦も復帰を果たした。最初の攻撃は簡単なものでないことが予想されていた。というのも、〈忠誠派〉は〈鋼鉄の円環〉を撃破しなければならなかったからである。〈円環〉はほぼどんな攻撃艦隊であってもしりぞけるほどの火力を有しており、また、惑星間空間を機雷原と砲火のキルゾーンから成る迷路に仕立てていた。しかし〈忠誠派〉大本営はこの脅威を最小限の損害でしりぞけて、すばやく惑星降下を行うための突飛な作戦を練っていた。この作戦の鍵は二段構えであった。オングストローム大賢人の古代技術と〈総統〉自身がふくらませた猜疑心を利用するというものである。
 〈鋼鉄の円環〉最大の弱点は、ほとんどその位置が静止しているという事実であった。さまざまな機雷原と重武装の宇宙要塞の位置取りは予測可能であり、バダブ側が所有する防衛艦隊は一糸乱れぬ集中攻撃を跳ね返すだけの力を持っていなかった。バダブ第六惑星軌道上を周回する重武装の宇宙要塞が、外惑星系防衛の要であった。〈忠誠派〉のスパイはこの〈センチネル・シグマ〉要塞が主司令部であり、そこで〈総統〉がまだ信頼している臣下のひとりが指揮を執っているのだということをつきとめた。それは悪名高いアストラル・クロウのコリエン・スマトリス中隊長だった。このような体制のために、数々の宇宙要塞と機雷原は〈総統〉が信を置いていない指揮官たちでは自立的に動かすことができないようになっていた。〈センチネル・シグマ〉を無傷で奪取すれば、伝説にうたわれるバダブ星系の“大砲”を沈黙させることができるのである。
 〈忠誠派〉の突撃艦隊は317.913.M41にバダブ星系の現実空間に実体化した。それは星系平面のはるか上方であり、バダブ第六惑星への直接攻撃ルートにあたっていた。この艦隊はスペースマリーン大戦艦六隻、打撃巡洋艦九隻、さらに〈帝国〉海軍の戦列艦六隻、〈帝国技術局〉の戦闘母艦、護衛艦およびさまざな形式の攻撃艦艇計八十四隻から成っていた。先頭に立つのは機動要塞〈猛禽の王〉、その背後にはオングストロームの技術力によってベイル・カスケード星系から抜き取った燃え上がる恒星核が牽引されていた。この脅威に反応してバダブの戦闘機械群が起動したが、すでに次に起こることを止めるには遅すぎた。すみやかに終端速度に到達した〈猛禽の王〉の巨躯は、最大出力で針路を変更すると、その慣性を利用して恒星核の業火を〈センチネル・シグマ〉宇宙要塞との衝突軌道にのせたのである。その間、〈忠誠派〉艦隊は安全な距離で穂先型陣形をとって待機していた。
 恒星核の針路から逃れることもできず、防衛線のありとあらゆる兵器は転がり落ちる火球に向けて砲門を開いた。しかしこの新たに生まれ、自分たちに向かって突進してくる恐るべき星の光に目をくらまされ、〈鋼鉄の円環〉の兵器は視界を確保できず、ましてや迫り来る艦隊を撃つこともできなくなった。このため、大量の機雷と兵器の照準システムはお互いにねらいをつけあってしまい、結果、宇宙空間に核爆発が波のように解き放たれた。防御レーザーと宇宙要塞の主砲が超近距離で燃えさかる星に打ち込まれると、粉砕された星のかけらはエネルギーの大津波となって〈センチネル・シグマ〉を洗い、その火炎でヴォイド・シールドを故障させ、破壊の範囲内にいたあらゆる艦艇を燃やし尽くしてしまった。このエネルギーの大嵐をしりめに、スペースマリーンたちは揺るぎない憤怒とともに押し寄せ、宇宙魚雷と突撃衝角が揺動する〈センチネル・シグマ〉に炸裂すると、サンズ・オブ・メデューサエクソシスト戦団が襲いかかった。すぐさま要塞の広間と通路で、戦闘用サーヴァイターとアストラル・クロウ第二中隊とその隊長である剣の名手コリエン・スマトリスを相手どった死闘が繰り広げられた。
 要塞内での戦闘が燃え上がっていた頃、大戦艦である〈オルドンの剣〉とスター・ファントムの〈死を想え〉が、打撃巡洋艦戦隊を率いて燃え上がり目を潰された宇宙要塞網に超近距離で突撃をかけ、誰一人として逃さない獰猛な乗り込み強襲によって、ひとつまたひとつと落としていった。その一方、ミノタウロス戦団はバダブ第二惑星やライジールといった、この星系にある他の居住天体に荒々しい効率の良さで攻撃を実行していった。ミノタウロスの悪名高い戦団長アステリオン・モロクは、第二惑星の支配層を大聖堂の頂上から吊した。これに先だって彼は、アストラル・クロウのヴァーナ・サビン中隊長を自身のランドレイダー装甲輸送車の正面で串刺しにして、反逆者を待ち受ける運命の見本にしている。
 死骸の山の頂上に立って、サンズ・オブ・メデューサの“鉄の戦士長”ヴェイランド・カルは〈忠誠派〉大本営に向けて〈センチネル・シグマ〉制圧を通信した。そこにオングストロームの〈技術局長〉たちがテレポートによって合流した。彼らはルフグト・ヒューロンとその宮廷が思いもしなかったことを実行した。数時間の内に〈忠誠派〉は要塞の〈シリコンの魂〉(人工知性)を屈服させて、それに従う数多くの機械精霊と平気にアクセスしたのである。宇宙空間全体に不可逆的なオーバーライドと破壊信号が送信された。星系全体を支配しようとする〈総統〉の猜疑心がこのような操作を可能にしてしまったのである。信号に反応してバダブ星系外縁は炎の海と化した。〈鋼鉄の円環〉は粉砕され、もはやバダブ・プライマリスとそれを取り巻く防衛網だけが残されたのである。

最終決戦(913.M41)

 星系が〈忠誠派〉の手に落ちたことに伴って、エクソシスト戦団と〈帝国〉海軍の艦隊が星系を封鎖し、誰も次に起こることから逃げ出せないようにした。一方、残りの艦隊はすばやく展開してバダブ・プライマリスを取り囲んだ。当初、〈猛禽の王〉がこの強襲の先陣を切る予定だったが、恒星核攻撃による消耗のために重大な損傷を受けており、惑星軌道近くでの作戦行動ができないほどエンジンが不安定化していたため、これは見送られた。バダブ・プライマリスの砲撃力は依然として非常に怖れられていたが、スター・ファントム戦団が第一次強襲を率いる栄誉に志願し、受諾された。バダブの大砲をものともせず攻撃の先駆けとなるのは古の大戦艦〈死を想え〉となった。
 急いで修正された攻撃計画では三方面からの攻勢が予定された。というのも、〈忠誠派〉の強襲にとってさらなる危険がハイガード軌道基地という形で存在していたからである。この基地はもともとルフグト・ヒューロンがバダブ・プライマリス地表の〈茨殿〉に入る前に、アストラル・クロウ戦団の要塞修道院として使われていたものだった。スター・ファントム戦団の二個中隊が第一波攻撃の中軸となって、より小規模なファイア・ホークとサンズ・オブ・メデューサの部隊と連携してハイガード軌道基地に強襲をかけることになった。攻撃の第二波はカーチャロドンに任された。彼らは全兵力をもってバダブ・プライマリスの地表積層都市に降下して、あらゆる抵抗を粉砕するのである。最も重要な攻撃である第三波はスター・ファントム戦団の七個中隊を中心として、他の〈忠誠派〉戦団から集めた強襲戦力および異端審問庁のミリタルム・テンペスタス中隊によって構成された。この作戦によって〈忠誠派〉は敵の中核に戦いを挑んで、〈茨殿〉そのものの包囲を敢行する計画であった。
 攻撃に先だって軌道爆撃と軌道上からのデブリ投下が行われて地表に破壊が降りそそぎ、バダブ・プライマリスの上空は砲火によって燃え上がった。セーブル色の〈死を想え〉が先導して大気上層に突入し、惑星地表の兵器群からの猛砲火にさらされた。スター・ファントムのこの大戦艦も大砲と渦動ミサイルによって反撃し、惑星地表に巨大な穴をいくつもうがっていった。頑丈な大戦艦の背後では数十隻の軍艦が低空飛行して兵器をばらまいた。漆黒と冷たい灰色に塗られたドロップポッドが打ち寄せる波や降りそそぐ雨のように精密降下し、空は暗く染まった。そうした攻撃を防ごうと、エネルギーのまぶしい光条が必死に上空に向けて放たれた。カーチャロドンの聖遺物でもある旗艦〈ニコル〉はその巨躯におさめた巨大なプラズマ・デストラクター兵器からすさまじい光線を放つと、バダブ地表の大型塹壕を焼き尽くし、バダブ・プライマリス首都〈ハイブ・ドミナ〉の防壁を打ち砕いた。続いてすぐさまサンダーホーク・ガンシップとセスタス・アサルト・ラムの部隊が防壁の裂け目に殺到した。燃え上がる煙の柱、渦巻く灰の雲、そして息を詰まらせる塵の海が空を黒く染め、強襲とともにバダブの北方大陸に夜のような闇が落ちた。
 〈忠誠派〉の強襲開始からまる一時間が経過した。防御砲台はまだ完全には沈黙していなかったが、その多くは破壊されていた。煙と炎の嵐をものともせずに兵員輸送艇とサンダーホークが降下し、増援部隊と重機甲部隊を地上戦闘の混乱の中に送り込んだ。着陸できるとみて、〈戦機兵団〉の巨船が〈ハイブ・ドミナ〉の郊外に着地すると、その衝撃が大地を揺るがし、その震動ですでに亀裂の入っていた都市防壁がさらに崩落した。ついに皇帝陛下の御業をなすために、巨兵がバダブに歩みを刻んだのだ。巨大な装甲扉が開いて建物をなぎ倒すと、巨兵の大音声が戦場に鳴り響いた。それは包囲された惑星に告げる終焉のラッパであった。
 〈ハイブ・ドミナ〉はたちまちに死の都市と化した。死闘は強襲開始後三時間が経過しても全く衰える気配がなかった。〈総統兵団〉は気が狂ったように、カーチャロドンの灰色の巨人たちに戦いを挑んだ。交通機関の施設が燃えさかる車両と粉砕された瓦礫のよって埋まってしまった今、そこに閉じ込められた哀れな民間人にとって、もう恐ろしい運命を逃れるすべはなかった。そこには恐怖と死しか残されては居なかった。降伏か死かの選択を迫られた兵士たちは、力の限り戦い続けた。しかし、誰にも止められない灰色と赤に彩られたカーチャロドンの大津波は悪夢のような憤怒でもって彼らをなぎ倒し、防衛線を荒々しく切り裂いた。そこにはずたずたにされた死骸と打ち砕かれた兵器しか残されなかった。〈総統兵団〉の指揮系統は、ヴォクス機器から聞こえるのが悲鳴と無駄な命乞いの声だけになる中、崩壊した。なんとか生きのびようとする兵士たちは建物の影に隠れてカーチャロドンの野蛮な強襲をやり過ごそうとしたが、その努力が報われることはなかった。

〈茨殿〉(913.M41)

 〈ハイブ・ドミナ〉の北東に〈茨殿〉はあった。火山性の台地に積層都市よりも高くそびえたつそれは、彫像の建ち並ぶ広場と、防御レーザーと対空砲が無数に埋め込まれた尖塔の群れから成る壮麗な巨大城塞であった。これこそがアストラル・クロウの領域の心臓部であり、〈バダブ総統〉の居処であった。宮殿の中央上空には光り輝くライトニング・シールドが空を圧して張られていた。これは巨大なパワー・フィールドであり、それに触れるものはすべて分解し、上空の軍艦の砲撃すらもなんなく耐える力を持っていた。しかしながら、宮殿外に散らばる広場と砲台はそれほど強固ではなかったため、スター・ファントム戦団が比類の無い正確さとタイミングでそれらに降下すると、彼らのドロップポッドが壮麗な墓所を貫いて落下し、針のようなアウスペクス柱を倒していった。
 スター・ファントムを迎え撃つ猛射にもかかわらず、七百人のうち五百人以上の戦闘同胞が惑星降下を生きのびて、堅く守られた〈茨殿〉の攻略に取りかかった。スター・ファントムは狡猾な罠と堅固な砲台に遭遇し、死闘が展開された。隠蔽された出撃口から飛び出してくるアストラル・クロウ戦団のアサルト・スカッドとの間に激しい白兵戦が発生し、〈忠誠派〉は進むたびに血の代償を払わされた。城塞の防壁を守るべく、地下のバンカーからプレデター戦車とランドレイダー装甲輸送車が吐き出された。しかし、それらはスター・ファントムのデヴァステーター・スカッドの備える同等の火力と、すでに制圧した塔から射撃するドレッドノートによって迎撃された。城塞を取り囲む広大な広場は死闘の舞台となり、攻略戦を血塗られた消耗戦に変えた。というのも、そこでは攻撃側も防御側もほとんど遮蔽をとることができなかったからである。この血なまぐさい攻略戦の形勢が〈忠誠派〉の側にかたむいたのは、ミリタルム・テンペスタス連帯が火山の稜線を登って援軍にかけつけたことで、スター・ファントムが攻勢をかけられるようになったときであった。〈忠誠派〉のターミネータースカッドはスター・ファントム戦団のテレポート誘導装置にねらいを定めると、すぐに地表に解き放たれた。しかし、大軍勢が投入されたにもかかわらず、城塞はまだ健在だった。〈茨殿〉のライトニング・シールドは破られず、〈忠誠派〉の波状攻撃は高所から殺戮の雨を降らせるアストラル・クロウによって何度もはねかえされた。〈戦機兵団〉のリーヴァー級巨兵がサンズ・オブ・メデューサ部隊とともに迫っても、ここを突破することができなかった。〈茨殿〉包囲は深刻な膠着状態に陥ったのである。
 〈ハイブ・ドミナ〉と〈茨殿〉に夜のとばりが落ちる中、死闘と殺戮は衰えることなく続いた。まもなく、戦闘は惑星の積層都市下層や工業地域にまで拡大した。燃えさかる都市から立ち上がる無数の煙が夜を漆黒の闇に閉ざし、軌道上の艦艇のアウスペクスを妨害した。巨兵が崩壊した都市景観を闊歩して、遭遇するあらゆる抵抗を踏みつぶし、工場と居住区域を組織的に粉砕すると、難民と潰走する〈総統兵団〉の兵士たちが恐慌状態で逃げ散った。この長い破壊の夜の間、ルフグト・ヒューロンが何をしていたのか、はっきりしたことはわかっていない。報告によっては〈総統〉は宮殿を守るためにまるでどこにでも現れて、挑戦のうなり声をあげ、敵を引き裂き、その死骸を放り投げたようだし、また別の話によれば、彼は玉座の間にただひとり沈黙して座したまま、灯火のゆらめく中、自らがもたらした破壊を無感動にながめていたという。その真実はどうあれ、はっきりと言えるのは、アストラル・クロウの誰一人として待ち受ける運命に屈しなかったということだ。おのおのは最後まで戦いぬいた。〈茨殿〉で、バダブの積層都市で、軌道上のステーションで、アストラル・クロウは燃え上がる激怒と苦渋に命をなげうったのである。
 強襲二日目の夜明け、カーチャロドン戦団がけりをつけるためにやってきた。最高司令官クランに命じられ、惑星のインフラを攻撃して組織的抵抗を根こそぎにするために、彼らは独自の作戦をたてると、一切容赦するつもりのない手段を実行に移した。都市を守る〈総統兵団〉はすでに壊滅状態で、その積層都市は炎上したが、カーチャロドンは計画の最終段階を続行して強襲チームを積層都市の地下階層に投入した。そして惑星の積層都市に電力を供給し、惑星防衛砲台にエネルギーを送り込んでいた古代の原子地熱反応炉を破壊した。バダブ・プライマリス全土で停電または電力の過供給が起きて混乱に拍車をかけ、まもなくゆっくりと積層都市が震動し、バダブの塔という塔が倒壊し始めた。そして惑星の地殻が裂けた。積層都市全体が地下に口をあけた裂け目に崩落し、そこに溶岩の海が流れ込んだ。カーチャロドンは音も無く整然と撤収し始めた。ついに叛逆のバダブに神なる皇帝陛下の審判がくだされたのである。
 突然の電力の不安定化は、〈忠誠派〉が待ちに待った突破口を作り出した。城塞を守るライトニング・シールドとその他の防衛は、城塞自体の反応炉によって電力供給が再開されるまでのほんのつかの間消失し、スター・ファントム戦団の強襲部隊が低層のバンカー網と地下墓所に突入することを可能にした。ズルカル・アンドロクレス中隊長を先頭に、アサルト・マリーン部隊とターミネーター部隊は城塞と敵の中心部への道を切りひらいた。スター・ファントムの強襲は荒々しく容赦のないもので、その行く手をふさぐ隔壁と防壁はサンダーハンマーによって粉砕された。立ちふさがるアストラル・クロウの熱狂と憎悪は比類がなく、彼らの真紅の血で染め上げられたアーマーにはもはや〈帝国〉の守護者としての忠誠を示すなにものも残されてはいなかった。惑星の都市下層構造での巨大な断裂が古代の地溝帯に沿って縦横に走ると、溶岩と放射能の灰が地上に噴き上がった。バダブ・プライマリスは死につつあった。
 〈茨殿〉では、城壁がとうとう突破され、ライトニング・シールドが崩壊した。スター・ファントムは瓦礫の積み重なる城塞の残骸に突入した。そして暗黒の運命に導かれて、アンドロクレス隊長の分遣隊は、今まさに地下通路を通って惑星から脱出しようとしていたルフグト・ヒューロンそのひととその親衛隊に遭遇した。ヒューロンの一味は地底を通って秘密の脱出艇にたどりつこうとしていたらしい。続いて起こった戦闘は迅速で熾烈なものとなり、スター・ファントムの手勢は一人残らず殺された。しかし、殺害されたスター・ファントムとアストラル・クロウの死骸から戦闘後に回収されたデータに残された映像はこう語っている。アンドロクレス隊長が〈総統〉との一騎討ちで打ち倒され、ヒューロンは敗れた英雄が死んだと思って、その体を傲然と乗り越えていった。
 そのとき、体から命が流れ出る中、決意を固めたアンドロクレス隊長は末期の力をふりしぼって、至近距離からメルタガンの一撃を〈バダブ総統〉に命中させ、致命傷を与えた。メルタの一撃は〈総統〉がいつも着用していた古代のライトニングクロウを暴発させ、凶暴なエネルギーパルスを爆発させた。この爆発は〈総統〉の右腕と右半身を焼き尽くし、彼の燃え上がるアーマーは地面に打ち倒された。それが斃れた隊長のオートセンス機能に記録された最後の映像である。その後すぐにスター・ファントムの後続部隊が広間に入り、血塗られた白兵戦のあとを発見した。そこに残されていた破片と有機物の残骸は後に、〈枢密法廷〉の生物学賢人によって〈総統〉そのひとのものであると確認されている。しかしルフグト・ヒューロンの遺体は発見されず、戦闘の場にいたはずのアストラル・クロウの兵器総監アルメネウス・ヴァルセックスの痕跡も何一つ見つからなかった。だが、バダブ・プライマリス全体の状況が急速に悪化する中、それ以上の調査も〈茨殿〉下層の探検も実行は不可能だった。
 バダブ・プライマリス積層都市の地底奥深くで、反応炉心の連鎖的破壊が限界を超えた。地殻変動と火山噴火が等比級数的な速さで拡大し、バダブ地表での掃討と制圧作戦はすぐに無秩序な退却に陥った。多くは破壊の中に呑み込まれた。〈忠誠派〉と〈分離派〉をとわずありとあらゆる艦艇は必死に脱出をはかった。積層都市に続く混乱と荒廃の中、惑星人口の過半は数日のうちに根絶されると見なされた。廃墟の積み重なる星系自体も混乱をきわめ、〈忠誠派〉の輸送船が〈忠誠派〉の封鎖艦隊によって撃沈される事態も発生した。そんな中、少なくとも一隻の〈歪み〉航行可能な小型船がバダブ星系から〈歪み〉に逃げ込んだと考えられている。後の調査報告には、二百名弱のアストラル・クロウがその船に乗っており、アルメネウス・ヴァルセックスに率いられて、総帥の傷ついた肉体を運んでいた可能性が示唆されている。
 こうしてバダブ戦争は終結した。

(続く)

バダブ陥落

沈黙の戦い(912.M41)

 ピレアウス星系への侵攻失敗にまつわる波乱に満ちた出来事と、エグゼキューショナー戦団の動向が不明になったことから、バダブ戦争は予断を許さない新たな時期に入った。〈分離派〉は開戦後最悪の状況にあったが、〈忠誠派〉も直近の戦いによって被った甚大な損害のために決して良い状態ではなかった。敵の弱点をついて大攻勢をかけられる立ち位置にはなかったのである。ピレアウス侵攻から912.M41の中頃までの間は〈沈黙の戦い〉と呼ばれており、数百もの小競り合いが発生したものの、その多くは報告もされず知られることもなかった。〈分離派〉の領域は分断されたものの、〈渦圏〉は全くもって鎮定されたとはいえず、わずかにミノタウロスとサンズ・オブ・メデューサ戦団から成る〈忠誠派〉分遣隊が駐留することによって、〈帝国〉の補給線が維持されていたにすぎなかった。
 〈忠誠派〉大本営に属する帝国防衛軍と異端審問庁の軍勢が薄く広がってしまったために、〈蒼白の星々〉の地域は無政府状態に陥り、ゲイレン星系もまた同様の内戦に屈してしまった。まもなく〈忠誠派〉大本営は、〈総統〉の軍勢が、アイシンやデカバルスといった諸惑星の防衛を解いて見捨て、バダブ星系にしりぞいたという報告を受けた。事態がさらに混迷の度合いを深めたのは、〈総統兵団〉のいくつかの軍勢およびアストラル・クロウ戦団の一部が主君を捨てて完全に無法者と化し、〈渦圏〉に逃げ込もうとしたときであった。その一方で再び海賊と異種族が西部と南部で散見されるようになった。危険な荒野地域に薄く広がってしまった〈忠誠派〉は今や、行動の予測のつかない複数の敵に直面することになった。もし〈忠誠派〉が戦略的主導権を握らなければ、紛争は地域全体に広がって、その鎮圧に何百年もかかる可能性があった。
 負傷したが未だ健在な最高司令官カルブ・クランは、ヴァイアナイア星系に新たに建設された〈帝国〉軍事複合基地で大軍議を招集して、戦略を決定し、戦争の展望を占った。まだこの戦争に参加している全ての〈忠誠派〉スペースマリーン戦団から代表団が出席した。すなわち、クラン自身のレッド・スコーピオン、サラマンダー、ミノタウロスエクソシスト、カーチャロドン、サンズ・オブ・メデューサである。ファイア・ホークの戦団長である今や病に倒れたスティボア・ラザイレクもまた同等者として招かれたが、議席そのものは別の者が占めた。こうして集まった者たちの間には、糾弾と疑惑の染みがまだ残っていた。異端審問庁の〈特使〉ジャーンダイス・フレインはこの軍議で地球至高卿の意見を代表して議長をつとめた。そしてフレイン個人として工業惑星オングストロームの大賢人からの使節を招待し受諾された。今やこの独立主権工業惑星は〈忠誠派〉の味方として迎え入れられたのである。
 〈異端審問庁特使〉フレインは軍議の席に、マンティス・ウォリアー戦団が完全な破滅を回避するべく、ついに〈特使〉の権威に服したという報せをもたらした。しかし同時に悪い報せも告げた。帝国防衛軍の宙域予備部隊や〈帝国〉海軍の増援艦隊は望めないというものだった。戦乱は〈帝国〉全域に起こっており、東部辺境宙域におけるティラニッドの脅威と新興の異種族への対応は待ったなしであったため、〈忠誠派〉の求めよりも優先されたのであった。しかしそれでも、悪名高いスター・ファントム戦団が全兵力を率いて急行中であり、一年以内に〈忠誠派〉に合流する見込みであった。オングストロームの〈帝国技術局〉は大量の武器弾薬を提供して〈忠誠派〉を援助すると宣言した。また、戦機が熟せば、バダブ攻撃を助けるとの誓約も立てた。〈忠誠派〉の新戦略を歩調をあわせ、またピレアウスでの苦い戦訓をふまえて、バダブ侵攻およびその包囲は、圧倒的な戦力が集まるまで延期されることになった。一方、バダブの経済封鎖と監視は強化され、その間に〈渦圏〉の平定を進めることになった。
 ファイア・ホーク戦団の巨大な軌道要塞修道院〈猛禽の王〉はピレアウス星系に派遣され、封鎖強化の要とされたが、〈忠誠派〉がこの星系に到着すると、そこはすでに半ば放棄された廃墟と化していた。クリティアス第二衛星は荒廃してほとんど生命も絶えており、ヤロー基地はかつての主人アストラル・クロウたちによって一切合切を持ち去られ、飢えて滅びるがままに打ち捨てられていたのである。エンディミオン星区からカーチャロドン戦団が呼び戻された。これはマンティス・ウォリアー戦団の降伏条件に沿ったものであった。カーチャロドンの大艦隊はエクソシストとサンズ・オブ・メデューサ戦団とともに小規模な戦闘部隊に再編されて〈帝国〉海軍の偵察艦とともに、〈渦圏〉全体での独立した追跡撃滅任務につくことになった。

名誉の負債(912.M41)

 バダブ戦争が血塗られた結末へと向かう中、いくつか解決しなければならない大問題が残されていた。特にエグゼキューショナー戦団の扱いが問題だった。サンズ・オブ・メデューサとカーチャロドンはまもなくこのとらえどころのない戦団の追跡を開始した。彼らはエグゼキューショナーの活動の中心はディーン宇宙気流であると考えて、殲滅作戦を実行しようとした。小競り合いと衝突はエスカレートしはじめ、サラマンダーの戦団長ペラス・ミルサンは非常な憂慮を覚えた。エグゼキューショナー戦団は戦争中、名誉ある行動をとっており、さらにサラマンダーは〈血の刻事件〉で簡単に返せない借りを彼らに対して作っていたからである。〈太陽の宙域〉からサラマンダーの先遣巡洋艦〈オブシディア〉と半個中隊の戦闘同胞が戻ってきたことで、ミルサンはエグゼキューショナーの戦団長サルサ・ケインを探し出そうとした。そして交渉によってエグゼキューショナーをこの戦争から退去させようとしたのである。
 数ヶ月の間〈渦圏〉南部辺縁部を探し求めた末、〈オブシディア〉はエリデイン瀑布の辺縁での戦闘報告に応じて急行した。その場所でエグゼキューショーナーの大戦艦〈パイトンの激怒〉と悪名高い〈夜の鬼女〉が、荒れ狂う星系の濃密な小惑星帯や塵雲の中で、損傷を受けた二隻のサンズ・オブ・メデューサ所属の打撃巡洋艦を追撃しているところに出くわした。自艦の危険もかえりみず、ミルサン隊長は砲火を交える両軍の間に分け入って、自分の艦載兵器を停止した。そして戦闘同胞どうしの名誉ある話し合いを要求した。〈忠誠派〉はあわや同士討ちというような厳しい緊張状態に陥ったが、ミルサンは両軍の停戦に成功した。それから、サンズ・オブ・メデューサの退却とエグゼキューショナーの停戦にこぎつけると、ケインの乗る〈夜の鬼女〉にサラマンダーの和平の旗をかかげて乗船し、〈忠誠派〉大本営との講和を求めたのである。忍び寄るカーチャロドンの軍艦が惑星クロウズ・ワールドに向かう不気味な〈歪み〉のこだまが響いていたが、攻撃は行われなかった。
 〈忠誠派〉陣営の多くはエグゼキューショナー戦団を見つけ次第逮捕もしくは殺戮しようと考えていたが、〈第一創設期〉戦団の代表であり尊敬されるペラス・ミルサンの言葉は重く、この時点で不名誉な流血は起こる可能性は少なかった。危険で予測のつかない戦団を無血で戦争から脱落させる優れた戦略を見て、最高司令官クランはエグゼキューショナー戦団に関するミルサンの提議を受諾した。しかし、〈軍令長〉は独自の通告をいくつか付け加えた。名誉ある休戦協定の中で、エグゼキューショナー戦団は〈渦圏〉全域での戦闘を停止して退去し、決して戻ってこないことが定められた。残存戦力は、彼らの行動について判断する査問会が開かれるまでの間、遠方の本拠地惑星にとどまることとされた。現任のエグゼキューショナー戦団長サルサ・ケインは選抜されたオナーガードおよび船員とともに〈夜の鬼女〉に乗艦したまま自発的にサラマンダー戦団の拘束下におかれ、戦争終結までサラマンダーの本拠地惑星ノクターンに留め置かれることになった。これ以降、サラマンダー戦団はエグゼキューショナーの協定遵守の保証人となった。しかし、〈忠誠派〉の中にはこの決定に従ったものの、エグゼキューショナーとの間の遺恨を決して忘れない者たちもいた。

(続く)

〈総統〉独り立つ

死に至る命令(911.M41)

 かつての盟友たちの“背信”を知ったルフグト・ヒューロンは、戦闘区域全体に放送された記録映像の中で、アストラル・クロウ戦団とその臣下はもはや〈帝国〉の一部ではないことを宣言した。それまでは、バダブの〈分離派〉は〈帝国〉から異端宣告されていたものの、その支配下にある惑星では何百年にもわたって続いてきた生活がそのまま残されており、神なる皇帝陛下への信仰も保たれていた。〈分離派〉に公然と反対する聖職者は排除され、〈総統〉の大義により好意的な者たちにすげかえられたが、何百万人もの信仰はおびやかされることなく、またこの星区の地元防衛軍の人々は当然のように異端に立ち向かう戦争で戦って死んでいるものと信じていたのである。だが、真相はついに哀れなバダブ星区の大衆の前に明らかにされた。ヒューロンに残された支配地の内部では、〈帝国〉の権威を示すあらゆる標章とシンボル、文化と信条は信仰破壊の業火に投じられ、バダブ・プライマリスで行われた聖職者と官僚(そのほとんどはこの戦争の真相と性質について全く知らなかった)の大量処刑は、何週間にもわたって絶え間なく行われたと伝えられている。バダブ星区に潜入した異端審問庁の工作員からの当時の報告によると、その主要惑星の状況はさらに苛酷になり、飢餓と欠乏が蔓延し、絶望の影が全ての者の上に降りていた。
 アストラル・クロウたち自身については、全員がそうしたわけではないものの、多くの〈戦の同胞〉は〈帝国〉の紋章と国章をその鎧と武具からはぎとるようになった。無地の金属面に戻したり、あるいは復讐の血の誓いをあらわす赤や真紅で塗りつぶしたりすることで、〈総統〉のシンボルだけが残るように仕立てたのである。これ以前は、バダブ星区の住民は厳格で野蛮な規律のもとに統制されていたものの、維持管理すべき貴重な戦争資源と見なされていた。しかし今やアストラル・クロウの怒りはより恣意的で暴力的になり、ルフグト・ヒューロンですらも屈した激しいパラノイアと殺戮衝動は、〈総統〉の領内に囚われた不運な者たちの上に降りかかった。バダブ・プライマリスでは、〈戦闘者〉でない者がアストラル・クロウの顔を直接見ることは許されず、これに反した者は目つぶしの刑に処せられた。そして、ヒューロンの命を奪おうと指令室に暗殺者が入り込んだ事件の後は(この暗殺者は〈総統〉自身の手で殺された)、スペースマリーンでない者が〈茨殿〉の区域に入ることは死刑でもって禁じられ、何千人もの民間人がアストラル・クロウ戦団の報復部隊によってさしたる理由もなく虐殺された。この時点で、アストラル・クロウ戦団の心理状態は包囲された者たちのそれに陥っていた。彼らは死が避け得ざるものであることを悟っていたが、自分たちを虐待した者たちへの不毛な復讐心に駆り立てられていた。痛苦と憤怒が、わずかに残っていた彼らの名誉すらも呑み込んだのである。

ピレアウス侵攻(911.M41)

 最高司令官クランは、大規模強襲に必要な軍勢を集められるだけの戦略的優位を得るに充分待ったと判断し、バダブ星区辺縁にあるピレアウス星系への侵攻征服計画を発動した。ピレアウス星系はバダブ星区中央へのさらなる攻撃の鍵となる場所と見なされていた。というのも、この二つの地域の間には比較的安定した〈歪み〉航路が存在したからである。長らくあたためてきた計画を実行に移すべく、クランはすでにアイシンとデカバルスに一連の副次的戦線を構築していた。そこでは彼自身のレッド・スコーピオン戦団が、ミノタウロス戦団とエクソシスト戦団の支援を受けて襲撃と一撃離脱を行い、その地域の大半を不安定化して、〈総統〉の軍隊を外縁防衛のために薄く散らばらせることに成功していたのである。
 最初の攻撃は、産業惑星ピレアウス第五惑星(ヤロー基地とも呼ばれていた)への〈帝国〉海軍の封鎖作戦ではじまった。この間に、スペースマリーンがピレアウスの主要ガス巨星クリティアスの第二衛星にあるコロニーに直接強襲を敢行した。この攻撃はエクソシストとレッド・スコーピオン戦団の連合部隊によって行われた。彼らの打撃部隊はスペースマリーン六個中隊の有力戦力から成っていた。このスペースマリーン部隊の過半数エクソシストの新鋭増援部隊で構成されていた。最高司令官クランは、戦争の終盤のために彼らを予備として温存していたのである。そして、この強襲作戦の総指揮は最高司令官クラン自身の手によって行われた。
 作戦開始時から、ピレアウス星系侵攻は遅滞と思いもかけない災厄に見舞われた。侵攻艦隊がラルサ星系を発ったとき、随伴する〈帝国〉海軍の巡洋艦〈メンドーサの槍〉がゲラー・フィールド機関の致命的事故に見舞われて、乗員全員は悲鳴をあげながら非物質空間に呑み込まれた。その他の数隻も想定外の〈歪み〉航路の嵐によって損害を受け、分散してしまった。これによって目標星系の辺縁に到達したこの不運な艦隊は、計画とはかけ離れたばらばらの状態に陥っていた。〈忠誠派〉の艦艇はまず集結することを余儀なくされ、ピレアウスの中央惑星に到達するために全速推進で何日もかかってしまった。こうして、奇襲効果は失われたのである。
 〈忠誠派〉艦隊には攻撃を強行する以外の選択肢はなかった。〈報復〉級戦艦〈血の玉座〉によって率いられた〈帝国〉海軍の本体は、防衛艦隊と交戦してピレアウス第五惑星を爆撃した。その間、スペースマリーンの打撃部隊はクリティアスの第二衛星に強襲をかけた。帝国防衛軍と異端審問庁の部隊を乗せた惑星強襲艇の戦隊が後列を編成して、〈戦闘者〉の攻撃成功に続いて突入する計画だった。宇宙空間での敵の抵抗は攻撃を遅らせるには不充分だった。〈帝国〉軍は地雷原に散発的に遭遇したが、損失を受けることなく啓開または迂回した。ピレアウス第五惑星周辺の〈分離派〉の艦隊には、最高司令官クランが集めた〈忠誠派〉の軍勢の不可避の強襲を長くおしとどめる力はなかった。ピレアウス第五惑星上空の戦いは熾烈で、防衛側の艦艇は自殺的な攻撃を攻撃側にしかけた。また、〈帝国〉海軍の艦隊はピレアウス第五惑星に軌道爆撃を行うという第二目標は達成できなかった。というのも、予想以上に強力に奮闘する地表のマクロ・キャノンおよび防衛レーザー砲台の大規模基地からの対空砲火によって、〈海軍〉艦艇は退却を余儀なくされたかである。
 一方、クリティアス第二衛星の軌道上では、強力な抵抗に遭遇しながらも、〈忠誠派〉が大勝利をおさめた。レッド・スコーピオン戦団の〈オルドンの剣〉とエクソシストの〈改悛させる者〉の連係攻撃によって衛星の小惑星要塞は短時間で粉砕された。月面コロニーの主要城塞および発電施設の周辺にすばやく上陸拠点が設定され、予備爆撃に続いて全面的な惑星降下作戦がサンダーホークとドロップポッドによって決行された。上陸するとただちに、レッド・スコーピオンとエクソシストは〈総統兵団〉による猛反撃にさらされた。敵の数は首に爆弾をつけられ、鋭利な道具や粗野なプロメジアム爆弾だけを持たされた強制労働者の群れによって何倍にもふくれあがっていた。押し進むスペースマリーンは〈総統兵団〉補助部隊とその奴隷労働者をまとめて殺戮し続けたが、そのあまりの多さのために攻撃は鈍り、計画通りに個々の目標を目指して散開することができなくなった。レッド・スコーピオンとエクソシスト両戦団の大部分が上陸地点周辺に押しとどめられたこの瞬間、アストラル・クロウのしかけた罠が発動した。
 それまで沈黙を保って隠されていた地上砲台群が、衛星を覆う異星の森の奥深くから砲撃を開始して、サンダーホークと上陸艇を撃墜し、上空低軌道上のスペースマリーン艦艇を粉砕した。衛星の城塞の中からは大砲と迫撃砲がうなりをあげ、白兵戦をたたかう味方にもかまうことなく、〈忠誠派〉スペースマリーンに向けてミサイルと砲弾を雨あられと降りそそがせた。しかしこれは序の口でしかなかった。隠蔽されたバンカーの中から何十台ものランドレイダー戦車とライノ装甲輸送車が〈バダブ総統〉の紋章を輝かせながら姿を現した。それはアストラル・クロウ戦団のほぼ全兵力であり、主君であるルフグト・ヒューロンそのひとが陣頭指揮をとっていた。最高司令官クランとスペースマリーンたちは、上空と地下からの十字砲火にさらされたのである。
 〈総統〉はずっと前からピレアウス星系こそがバダブ星区防衛の要石であると予見して、独自の計画を練り上げていた。アストラル・クロウをクリティアスに集結させ、秘密裏にその防衛設備を改良、再配置することだけが、〈総統〉の戦略の全貌ではなかった。クリティアス第二衛星に隠された砲台が火を噴いて〈分離派〉の強襲部隊をその支援艦隊から切断してからわずか一時間以内に、〈総統〉自身の戦闘艦隊がピレアウス星系内縁部に実体化した。続いて起こったのは、バダブ戦争で最大級にして最後の大艦隊戦だった。アストラル・クロウ艦隊に残された最後の大戦艦である伝説にうたわれた〈審判の熾天使〉とともに、〈分離派〉艦隊はかつて威容を誇った海軍力の最後の実戦を敢行したのであった。
 惑星地表上では、〈忠誠派〉と〈分離派〉とが容赦なくぶつかり合う荒々しい死闘が続いていた。アストラル・クロウは野蛮な復讐心にかられて襲い来たり、レッド・スコーピオンもまた自身の正当な憎悪をもってそれに対した。一方、エクソシストは圧倒的な敵勢に対してもいつも通りの恐るべき冷静さを示した。最高司令官クランは戦団首席司書セヴリン・ロスとともに陣頭に立った。ルフグト・ヒューロンはエクソシストの戦列を猛攻撃して、スペースマリーンたちをいともたやすく撃砕した。〈総統〉の血塗られた親衛隊は彼に続いて突入し、殺戮のくさびとなって〈総統〉の真の宿敵、カルブ・クランに向けて激進した。エクソシストの指揮官サイラス・アルベレック隊長は、戦団の精鋭強襲部隊〈エノク親衛隊〉を率いて〈総統〉の攻撃を鈍らせるべく立ちふさがった。サイラス・アルベレックはアストラル・クロウで最も怖れられる悪名高きドレッドノート、〈古きクレイター〉と一騎打ちにおよんだ。エクソシストの隊長は重傷を負い、ターミネーター・アーマーを壊されながらも、銘有りの聖遺物たるメイス〈地獄を討つもの〉でドレッドノートの動力システムを破壊することに成功し、この金属の巨獣を打ち倒した。
 死闘の続く中、二人の戦団長はついに互いを見つけ出した。カルブ・クランとルフグト・ヒューロン、その武芸はまさに互角。〈総統〉は怒りに駆られてレッド・スコーピオン戦団長に突進し、憤怒の声をあげて皇帝を冒涜した。対するクランは不気味な沈黙のまま、〈総統〉が奮う聖遺物たるライトニング・クロウ〈亡霊の剃刀〉の狂気に満ちた連打を、戦団にいにしえより伝わる伝家の宝刀〈蠍刀〉ではじくことに集中した。まもなくクランは満身創痍となった。そして両戦士が間合いを取った瞬間、クランははじめて口を開くと、〈総統〉を糾弾し、挑発した。この侮辱にさらに激昂した〈バダブ総統〉は怒りに咆えたけり、かのレッド・スコーピオンに再び突進した。しかしクランはこの狂乱した攻撃を予期しており、彼が華麗に身をかわすと、〈総統〉は勢いあまってその脇を通り過ぎた。クランが最強のスペースマリーンですら斃すほどの一撃を繰り出し、〈蠍刀〉を〈総統〉の脇腹に深く斬り込むと、鎧が砕け、大量の血が噴き出した。しかし〈総統〉は敵の攻撃を振り払って向き直り、かぎ爪を振り下ろした。幽鬼のように輝く刃はがカルブ・クランの胸甲を貫いた。クランは〈総統〉が詰め寄って彼の心臓をえぐり出す前に、苦痛を英雄的な努力でおさえながら仰向けに倒れた。そしてかのレッド・スコーピオンは、そびえ立つ〈総統〉の哄笑が響く中、瓦礫と遺骸の山を滑り落ちていった。瀕死の重傷を負ったカルンがかろうじて立ち上がったとき、まだまわりで死闘は続いていた。しかしそのとき突如、新たな太陽が天空に現れると、眼下の全てに破壊を降りそそいだのである。
 エクソシストの大戦艦〈改悛させる者〉のライダー艦長は、眼下に囚われた軍勢を救い出すべく危険な作戦を敢行した。上空で戦いを起こせば惑星防衛軍の目をそらせるのではないかと考えたのである。〈改悛させる者〉は最も損害が少ない船のひとつで、その格納庫には艦隊全体から緊急作戦のために集められたサンダーホークを収容できるだけの容量が残っていた。この大戦艦はクリティアス第二衛星の希薄な大気に突入した。地上の砲台はこの巨艦には効果がなく、シールドを赤々と輝かせる〈改悛させる者〉はまるで猛烈に光り輝く太陽のように見えた。恐慌に陥った防衛軍はすばやく反応することができなかった。エクソシストの司書タロスはセヴリン・ロスの明るく輝く魂と負傷したアルベレック隊長の見慣れた輝きを見つけ出し、〈改悛させる者〉は意図する目標へと向かった。この想定外の到着によってアストラル・クロウは塵芥の嵐の中で押し戻され、天空を圧する巨艦の影の中、クランと〈総統〉の一騎打ちの場には岩石と炎が降りそそいで、決着がつく前に両者を分かったのである。敵が再集結する前に、ただちに救出作戦が決行され、〈改悛させる者〉の艦砲が地上を引き裂き、近隣の城塞の塔を粉砕した。二時間におよぶ必死の作戦によって、惑星降下に参加した〈忠誠派〉スペースマリーン五個中隊のうち三個中隊が救出されたが、そのほとんどが死傷者か、あるいは死闘の証である戦傷を受けていた。負傷者の中には最高司令官クランも含まれており、戦団のアポセカリーに引き渡された。
 クリティアス上空では、〈忠誠派〉スペースマリーンの艦隊に〈帝国〉海軍が合流した。〈分離派〉はいまだ〈忠誠派〉より隻数も多く、砲数も勝っていたが、〈忠誠派〉はその艦艇の多くが損傷を受けながらも、戦列にはいまだ多数の重戦艦が残っており、技量と規律の質では大きく勝っていた。反乱艦隊は混乱した寄せ集めの戦列であり、それが彼らの破滅となった。〈帝国〉海軍とスペースマリーン艦隊が連携して緊密な編隊を組み、敵前面を斜めに横断しながら最大効率で斉射する一方、〈分離派〉は思うように戦うことができなかった。この宇宙戦闘はまもなく〈審判の熾天使〉撃沈によって〈忠誠派〉の勝利に終わったが、多大な犠牲を払った。また、逃亡する敵艦の追撃や拿捕の際の乗り込み戦闘の中で、無数の血塗られた戦闘が発生したのである。
 ピレアウス侵攻作戦は終了した。両陣営ともに勝利を宣言し、両陣営ともに敗北を味わった。〈分離派〉にとって、〈忠誠派〉の侵略者は追い払われ、寸土も譲り渡すことはなかったが、そのためにかつて精強だった艦隊を投入してそれを失った。もはやバダブ星系そのもの以外の領土を維持する見込みはなくなったのである。両陣営の死傷者は色を失うほど甚大であり、最高司令官クランは自分の攻撃戦力が打ちのめされ、最強の戦列艦の多くが修理に何年もかかるほどの損害を受ける光景を目にした。バダブ戦争はピレアウスにて事実上〈忠誠派〉が勝利したと言われているが、まだ戦うべき最後の戦いが残されていた。そしてそれは最も熾烈なものになることが確実であった。すなわち、バダブ本土決戦である。

(続く)

バダブ戦争(承前)

血の刻事件(911.M41)

 〈火の賜物〉率いる艦隊は、〈帝国〉支配宙域の帰路、突如として強力な〈歪み〉の驟雨にさらされ、ちりぢりばらばらになってしまった。この絶体絶命の危機は先任ナビゲーターの卓越した技能で回避され、非物質空間に失われたのはフリゲート一隻だけだった。サラマンダーの大戦艦〈栄誉の焚火〉と軽巡洋艦〈グレゴリウス提督〉はこの大嵐への突入の先陣をきったため、修理のために〈渦〉の辺縁部にあり、比較的安定している〈カラーの浅瀬〉で現実空間に戻らざるをえなかった。そこに〈忠誠派〉がやってきたことはすぐに気づかれ、〈分離派〉に報告がもたらされた。アストラル・クロウの打撃巡洋艦ヒルカニア〉は滅ぼされたシャプリアスを拠点にしていたため、まだこの地域に残っていた。その艦長である上級センチュリオンのカルナック・コンモドゥスは主君の期待を裏切ったことへの贖罪と敵への復讐に燃えていた。しかし、自分の艦だけでは、損傷したとはいえ〈忠誠派〉艦隊にかなうはずもないことはコンモドゥスにもわかっていた。そこで、増援を求める暗号文をアストロパスを使って送ったが、それは思いがけずエグゼキューショナー戦団の旗艦〈パイトンの激怒〉とそれに随伴するグラディウスフリゲート艦隊に受信された。それらはマゴグ星団の端にある無人の海洋惑星デルージュで補給作業を行っていたのである。
 こうして連携した〈分離派〉艦隊は、〈カラーの浅瀬〉の〈歪み〉進入ポイントに向かっていた〈忠誠派〉艦隊に攻撃をかけた。軽巡洋艦〈グレゴリウス提督〉は〈分離派〉の最初の一撃で原子に還元した。しかし〈栄誉の焚火〉はそれほど容易な獲物ではなかった。サラマンダーの強大な大戦艦は最初の強襲乗船を防ぎ、攻撃側のフリゲート二隻を撃沈した。しかし3時間におよぶ戦闘で、〈パイトンの激怒〉はついに〈栄誉の焚火〉の推進機関を停止させ、敵船を漂流に追い込んだ。大教戒官サルサ・ケインはヴォクス信号をサラマンダー艦に送り、名誉ある降伏の機会を提示した。この戦争で再び武器をとらないという誓約を立てた上で戦域から離れることを要求したのである。ミルサン隊長は部下からの反対にもかかわらずこの要求を受け入れた。敵に反撃するためにはここで全滅するリスクは冒せないと考えたからである。何百年も前にスカウト・スカッドの新人としてエグゼキューショナー戦団とともに戦ったことのある彼は、誓約が誠実に履行されることを信じていたのである。
エグゼキューショナー戦団ターミネーター
 〈パイトンの激怒〉と〈ヒルカニア〉が打ちのめされた〈栄誉の焚火〉に接舷すると、サルサ・ケインはエグゼキューショナーの乗船部隊を自ら率いて、サラマンダーが武装を解除する中、ミルサンの降伏の剣を受け取った。しかしその頃、この巨艦の中で信じがたい出来事が起きていたのである。降伏の条件にしたがって、上級センチュリオンコンモドゥスは乗船部隊を率いて〈栄誉の焚火〉の兵器庫をほぼ無抵抗に接収した。そしてコンモドゥスは艦の深奥に押し入って、シャプリアスの洞窟から回収された遺伝種子だけでなく、サラマンダーが戦闘中に瀕死者から回収した遺伝種子までも我が物としたのである。サラマンダーのアポセカリーたちが抵抗すると、コンモドゥスは彼らを斬殺した。そして、サラマンダーに対する積年の恨みを爆発させると、捕虜にしたサラマンダー全員の殺戮を命じたのである。さらに生死にかかわらず彼らの遺伝種子の摘出を自分の〈検屍官〉に命令した。すぐさま、全階層で激闘が始まった。
 何が起こっているかの報告が艦橋に届いたときのサルサ・ケインの激怒はすさまじいものだった。この反応を見て、ミルサンは賢明にも洞察した。エグゼキューショナー戦団はアストラル・クロウによって犯された異端と冒涜についてよく知っているわけではなく、おそらく〈総統〉が意図的に彼らをたばかったのであろうことを。自身の憤怒を抑えたミルサンは、サルサ・ケインに対してこの破約と〈総統〉の悪行に加担している不名誉について軽蔑をあらわにした。ミルサンの主張を裏付ける真実の証拠を自分の目で見たケインの怒りはもはや目にするも恐ろしいほどだった。彼は宣言した。我が戦団とヒューロンの大義を結びつけていた血盟は侵害された、アストラル・クロウが我らにもたらした不名誉の汚点は血河によってのみ洗われるであろうと。この事件を生き残ったサラマンダーの〈血の兄弟〉たちは、ケインの宣言とともにエグゼキューショナー戦団を訪れた荒涼たる狂気と、殺戮の復讐にたけり、自分の命すらも省みない彼らがアストラル・クロウに襲いかかったこと、そしてそれはかつての味方をいかなる代償を支払ってでも自らの手で一人残らず殺すまで満足しないものであったことを目撃することになった。
 ミルサン隊長は生き残ったサラマンダー同胞を糾合して、大戦艦の深奥に防衛線を張り、ブレイアース・アッシュマント率いる強大な〈古きもの〉の力を背教者アストラル・クロウ戦団に解き放った。最初は〈栄誉の焚火〉の回廊と広間が、続いてアストラル・クロウの〈ヒルカニア〉が朱に染まった。戦団の奴隷やサーヴァイターも容赦なく狩られ、殺された。〈ヒルカニア〉は首をはねられた死骸の安置所と化した。エグゼキューショナーはかつての味方から二百以上もの首をあげた。そしてサルサ・ケインはただひとり、ペラス・ミルサン隊長のもとにやってきて、燃え上がる深奥の燭台の前でひざまずいた。ひとことも発せず、彼はミルサンの足もとにただひとつの恐るべき戦利品を転がした。それは上級センチュリオンコンモドゥスそのひとの首であった。
 それ以上何も言葉を残すことなく、エグゼキューショナーは引き上げていった。後に残されたのは打ちのめされたサラマンダーの大戦艦と、それに接舷する無人のアストラル・クロウの打撃巡洋艦だけであった。しかしエグゼキューショナーの狂気とも思える復讐心はまだ満たされてはいなかった。そしてまもなくその声明が〈渦圏〉のありとあらゆる場所に届く。この事件以降、エグゼキューショナー戦団はこの戦争における不確定要素となった。どこにいようとアストラル・クロウとその手先を追い詰め殺し尽くす自殺的なまでの憤怒だけでなく、遭遇した〈忠誠派〉に降伏することも拒絶したからである。このたぐいの中で最も悪名高い事件は、911.M41にグリーフ星系でエグゼキューショナーがサンズ・オブ・メデューサの打撃巡洋艦〈ウォースパイト〉を破壊したものだった。こうした出来事は他にも多々発生した。しかしこういう悲劇的な事件をのぞけば、〈帝国〉の通商に対するエグゼキューショナー戦団の攻撃はほとんどただちに終息した。この想像を絶する展開が知られたのは、数ヶ月後、大破した〈栄誉の焚火〉がようやくサーングラードの〈忠誠派〉軍事基地にたどりついて、奇怪で血塗られた物語を語ってからである。
 〈総統〉陣営にとって、味方が敵となることほど手厳しい打撃はなかった。エグゼキューショナー戦団は〈分離派〉から離脱したことで〈総統〉のもとに残る軍艦と襲撃艦のほとんどが姿を消した上、敵となったエグゼキューショナーは手強いだけでなく、数多くの〈分離派〉基地の位置や配置についてよく知っており、ただちにそれらを破壊してまわったからである。最初はラメンターが、続いてマンティス・ウォリアーが〈分離派〉陣営から脱落し、今またエグゼキューショナーが反旗をひるがえした。ルフグト・ヒューロンとそのかつて強大きわまりなかったアストラル・クロウの前に残されたのは、ただ〈帝国〉の怒りの鉄槌だけであった。彼らの支配と栄光の夢は永遠に砕かれたのである。

(続く)