戦争の発端

〈渦圏〉

 〈極限の宙域〉の東部辺境宙域には、現在〈渦圏〉として知られる星域がある。ここが最初に探検されたのは第31千年紀の〈大征戦〉の最中であった。〈恐怖の眼〉の他には比類の無い大きさを誇るこの〈歪み〉の亀裂は、物理宇宙とその彼方の非物質空間の構造の両方を裂いている。〈渦〉はさしわたし数百光年にもわたり、宇宙空間でのその姿は、ゆっくりと回転する広大な渦輪であり、悠久の昔より異界に呑み込まれてきた数知れぬ星々の残骸でできている。
 〈大征戦〉の中、〈人類の皇帝〉の途方もない軍勢は〈渦〉に突入してその中に潜む邪悪を一掃しようと試みた。〈渦〉に隣接する星々の富は、その想像を超えた危険と困難にもかかわらず、太古より人類をひきつけてきた。この領域に残された人類の痕跡は実に〈技術の暗黒時代〉にまでさかのぼることができる。〈渦圏〉は、数知れぬ姿をもつ人類の敵たちをもひきつけてきた。〈大征戦〉時代の戦役で何百何千もの艦隊と軍勢が失われたため、銀河の他の領域を征服した後、皇帝はこの一帯をプルガトゥス、すなわち排除対象と定めた。〈ホルスの大逆〉の戦後、ウルトラマリーン兵団の総主長ロブート・グィリマンは、〈渦〉の住人は復興途上の〈帝国〉の不安定な情勢にとって無視するにはあまりにも大きな脅威であると判断し、周囲の領域の防衛を強化することで、内部からやってくる攻撃を封じ込めるよう命令した。
 歳月が経ち、第38千年紀と第39千年紀に〈帝国〉は〈渦圏〉の内部に枢要な拠点をいくつも建設していった。こうした拠点はこの領域における人類の影響力と勢威を示す灯台として重要視されるようになった。サイグナクス、セーガン、バダブ、という三つの星系が中核となって遠距離をつなぐ連鎖となり、〈渦圏〉が産出する資源をより安定した〈帝国〉星区の金庫に送ることを可能にした。〈渦〉の状況が危険になるにつれて、この商業航路は次第に脅威にさらされるようになった。
 第41千年紀中頃まで、〈渦圏〉北部で最も人口の多い惑星は、同名の星系に位置する軍備堅固な過密惑星サイグナクスであった。長らくこの領域における〈帝国〉支配の中心であったサイグナクスは戦略的に重要な惑星であり、敵への防壁として、〈帝国〉の民間船と軍艦にとって安全な港として機能していた。しかし557.M41にここを災厄が襲った。突如襲来した〈歪み〉の嵐に洗われたサイグナクスは内部の腐敗と外部からの襲撃にさらされた。惑星はまもなく〈帝国〉の駐留軍と〈死の教団〉との流血の内戦に陥った。この背後には〈蘇りしもの〉(ザ・リボーン)と呼ばれる恐るべきケイオス・スペースマリーンの戦群がいた。近傍のエンディミオン星団に本拠地を置くマンティス・ウォリアー戦団の武力介入にもかかわらず、死者の数はうなぎのぼりに数百万の桁に達した。〈死の教団〉はサイグナクスのミサイル防衛網へのアクセスに成功し、その憤怒にかられた自殺行為によって原子爆弾とプラズマ弾頭の雨が呪われた惑星に降りそそいだ。階層都市は壊滅し、惑星の軌道施設も何年にもわたって使用不能になった。この結果発生した永続的な核の冬と放射性降下物、地殻変動によってサイグナクスの全生命は死に絶えた。中心惑星の滅亡によって、〈渦圏〉北部の〈帝国〉支配は瓦解した。サイグナクスを失ったことで、過去数世紀にわたってこの領域で〈帝国〉がこうむった損害とあいまって、バッカから地球そのものに至る重要な軍事補給線がおびやかされることになり、中央執務院は対応を迫られた。

〈渦の番人〉(587.M41-715.M41)

 587.M41、地球至高卿らはこの重大事態に対して帝国勅令を発布。数個のスペースマリーン戦団が〈渦圏〉に永続的に本拠を置き、この領域における〈帝国〉の権益を守り、秩序を保つことを命じられた。これまでの〈帝国〉への忠勤を認められたアストラル・クロウ戦団が、こうして新たに編成された〈渦の番人〉の指導的立場を与えられる栄誉に浴した。この軍勢には、艦隊を本拠とするラメンター戦団とチャーネル・ガード戦団が外縁領域の巡邏のために加えられ、近傍のエンディミオン星団を本拠とするマンティス・ウォリアー戦団もこれに参加した。編成が完了すると、アストラル・クロウ戦団は戦略上枢要なバダブ星系の軌道戦闘ステーションを接収し、策源地となる要塞修道院に改修した。その後、〈帝国〉海軍の戦隊が永続的に駐留して、索敵と船団護衛の任務についた。この艦隊は周辺領域をすみやかに平定して、蔓延していた異端と異種族の影響を排除した。こうして〈渦圏〉の資源は再び〈帝国〉の国庫に流れ始めたのである。
 この時期で最大の作戦は、640.M41から651.M41まで行われた掃討作戦である。アストラル・クロウとその味方は〈渦〉の中心部に突入して敵を探し出す一連の大規模軍事行動を行った。当初、スペースマリーンは戦果をあげたが、チャーネル・ガード戦団が突然引き上げたことで頓挫した。中央執務院は〈番人〉からこの戦団をはずして、〈無明の領域〉へのタナトス征戦にさしむけたのである。この突然の戦力喪失によって作戦は事実上終結した。アストラル・クロウは補充の戦団を陳情したが拒絶された。その後二十年の間に、〈番人〉は一連の敗退によって甚大な損害を出し、〈帝国〉本国と〈渦の番人〉との関係に亀裂が入ることになった。まもなく、〈番人〉はディーモンと海賊に攻め立てられて防戦一方となり、〈渦〉近傍での全作戦の中断に追い込まれた。
 そして再び災厄が襲った。〈渦〉内部からオルクが何度も来襲し、ヘルシリスの戦いの間にバダブ星区の奥深くにまで侵入を許した。アストラル・クロウ戦団長ロヴィク・ブレイクは自らの信条にさからって、オルクを追って〈渦〉の中にまで攻め入った。過去二百年にわたってアストラル・クロウを率いてきたブレイクは、オルクのウォーボス、ヴォルグ・マンバーナとの一騎打ちで討ち取られ、アストラル・クロウは退却を余儀なくされた。バダブ星系に帰還後、715.M41にアストラル・クロウ第3中隊長のルフグト・ヒューロンが互選によって戦団長に選ばれた。彼は戦団の歴史上最も若くして戦団長の位についた。〈帝国〉の史官は現在、このような性格に問題のある人物をスペースマリーン戦団の司令官にのぼらせたことがそもそも許しがたい所行であると指弾している。しかし、ルフグト・ヒューロンはこのときすでに傑出した戦士であることを証し立てており、戦術の才もあるカリスマ的指導者であった。彼はすみやかに戦団の配備を再編成し、ひどく消耗していた戦団艦隊の拡張政策を打ち出した。これには討伐で拿捕した海賊船を戦列に加えることも含まれた。また彼は反対を押し切って、敵に対しては惑星ごと焼き払う方針をとり、究極浄化用の兵器を戦団に蓄積した。その結果、過去に叛徒の船をかくまったことのある少なからぬ辺境惑星が生命の死に絶えた残骸と化した。

〈総統〉の台頭

 718.M41、過密惑星バダブ・プライマリスでのクーデター失敗が内戦に発展し、アストラル・クロウが介入して容赦なく騒乱を鎮圧した。事件後、クーデターの黒幕たちが裁判のためにルフグト・ヒューロンのもとに引き出された。サイグナクスでの教訓を覚えていた戦団長は自分自身で事態の解決に乗り出し、すみやかに秩序を回復した。このとき、アストラル・クロウは彼の指揮のもと、それまでにないほど非情に動いた。惑星の支配階級をほぼ全員処刑し、叛徒に同情的な者たちも粛清したのである。自ら惑星の統治者となったルフグト・ヒューロンは〈バダブ総統〉を称して、バダブ星系周辺の可住領域の有人惑星を戦団の領土と宣言した。この宣言には、主権領域ウルトラマールという先例にならい、〈番人〉への勅許状にしたがったのだという響きが加わっていた。まもなく近隣の星系からは支配階層がまるごと排除され、数十年後には、アストラル・クロウによって〈監視城塞〉が数多く建設された。総統の部下と政治的協力者が権力の地位にのぼり、バダブ星区はアストラル・クロウによって支配される小規模な星間国家になった。
 自らの権力をさらに固めるべく、不穏分子であった現地の惑星防衛軍が大規模に再編成され、後に〈総統兵団〉と呼ばれるようになる軍隊が作り出された。指揮系統が一本化されたこの軍隊は今やヒューロンの命令のみに従うようになったのである。アストラル・クロウは分遣隊を派遣して〈総統兵団〉を訓練し、惰弱な要素を一掃した。まもなく〈総統兵団〉は数多くの海賊襲来をしりぞけることでその有能さを証明し、アストラル・クロウは攻勢に転じることができるようになった。戦団は一連の電撃作戦で外縁領域の異端や異種族の勢力圏をおびやかし、破壊した。ヒューロンが勝利を重ね、海賊の活動が衰えて生産量が空前の水準に達したことで、アストラル・クロウの〈総統〉の名声は〈渦圏〉を超えて響きわたるようになった。
 この成功の勢いにのって、ヒューロンは地球に正式な使節団を送って長大な陳情を行った。〈渦〉とその周辺領域を完全に制圧することが、長期的には〈帝国〉に資すると。この目的のために、ヒューロンはさらに数個のスペースマリーン戦団を〈番人〉に参加させることや、自分の計画を遂行できるように新たな戦団の創設すらも提案したのである。不幸なことに、ヒューロンの陳情は正式な公聴が行われることなく拒絶された。〈帝国〉には他の地域でもっとやることがあるという理由で。

(続く)