戦争の発端(承前)

アストラル・クロウの失態

 700.M41中頃、アストラル・クロウから帝国技術局への遺伝種子の貢納が滞るようになった。当初、辺境に配備されたり出征しているスペースマリーン戦団にはよくあることとして心配されなかった。戦場での損失をおぎなうために遺伝種子が一時的に必要になることもあるからである。しかし、滞納が続いたことで、何か陰謀がたくらまれているのではないかという疑念が技術局の間でささやかれるようになった。これはやがて本当であることがわかる。後年見つかった証拠から、これはアストラル・クロウ戦団が異端に堕ちるに至った最初の大罪であると見なされている。自分と〈番人〉の使命を果たすために必要な増援を何度も拒絶されたことで、慢心と自尊心にかられた〈総統〉は、いにしえのスペースマリーン兵団に匹敵する軍勢を作り出そうと画策したのである。
 729.M41、ルフグト・ヒューロンは〈渦〉と周辺領域を平定するために、大規模なスペースマリーンの増援と〈番人〉への編入を陳情する使節団を地球至高卿に送った。しかしこのヒューロンの要求も公聴なしで却下されている。

バダブ分立問題(748.M41-900.M41)

 〈渦圏〉から資源をまわしてもらおうとする提案も拒絶された上、帝国行政局からの分担金増額の要求を受けたヒューロンは、反発を示すために、惑星バダブ・プライマリスのからの行政局への貢納を停止し、自領内を通る貿易航路の封鎖を行った。これは、行政局が自分と味方たちに〈渦〉を警邏するために充分な資源を提供しないことへの抗議だった。アストラル・クロウに課せられた〈渦圏〉の守護者としての役割を拒んだ〈総統〉は、まもなく産業資源と労働力を直接、バダブ星区の防衛施設を補強することと、〈渦〉方面艦隊の増強、そして指揮下の重要惑星の要塞化に振り向けた。こうして宇宙空間に建設された防衛施設は、バダブ星区の内外領域を取り囲むように設けられ、やがて〈鋼鉄の円環〉と呼ばれるようになった。バダブ・プライマリスでは、〈総統〉がかつての支配者層の古代城塞を爆破を命じ、そのかわりに伝説的な巨大要塞〈茨殿〉を自分の設計で築き上げた。行政局の貢納要求権と、〈戦闘者〉指揮官が〈帝国〉防衛のためならどのような手段をとってもよいとする古くからの権利との衝突は〈バダブ分立問題〉として知られるようになり、百五十年以上もの間継続した。その間、行政局や宙域当局との関係が危険なまでに悪化する情勢を尻目に、アストラル・クロウと〈渦の番人〉は平常どおり軍事行動を実行し続けた。
 産業と商業の生命線が突然絶たれたことは、カルタゴ星区に衝撃を与えた。十一世紀以上にわたって、カルタゴの領主と惑星総督は、〈渦圏〉の工業生産物を配分できる勅許状を保持しており、帝国行政局の管理するセーガン第三惑星の補給基地から〈極限の宙域〉西部を通っていく船舶を護ってきた。広大な宇宙空間に囲まれたカルタゴの住人は、争いの絶えない領域での流血のおかげで守られ、肥え太り、退廃していた。

遠雷(780.M41-900.M41)

 武勲に欠ける駐留任務から解放されたアストラル・クロウは、何十年にもわたって〈帝国〉を悩ませた悪名高い〈第四象限の反乱〉の事後処理に介入した。アストラル・クロウ、ファイア・ホーク、ホワイトスカー、セレスティアン・ガードといったさまざまな戦団から成るタスクフォースを召集し、クリーグの〈死の軍団〉、コル・セックの帝国防衛軍連隊、そしてレギオ・ヴェナトルの巨兵部隊に支援されて、ルフグト・ヒューロンは一致した意見で総司令官に選出された。彼の優れた指揮のもと、タスクフォースは叛徒と渾沌の勢力が立て籠もるライカンソス星系の要塞を一年で滅ぼした。しかし、ファイア・ホーク戦団長のスティボア・ラザイレクは、戦団長として自分が先任であるにもかかわらず、ヒューロンが総司令官になったことに深い怨恨を抱いた。この怨恨はその後も消えることなく、ついには苦い果実を結ぶことになる。
 821.M41、〈渦〉からやってきたオルクの大軍が、〈渦の番人〉の連合軍によって、エンディミオン星団のキラブ星区での一連の戦いで撃滅された。この戦いの中で、ルフグト・ヒューロンは一騎打ちでオルクのウォーボス、ラッカを討ち取り、エンディミオンの住人から英雄として讃えられた。
 869.M41、ブラック・テンプラー戦団はその戦団長の発案で〈渦〉に〈怒りの征戦〉をしかけ、東に向かう進路をとった。その間、アストラル・クロウ、ラメンター、マンティス・ウォリアーの各戦団も南と北東から独自の攻勢をしかけた。ヒューロンのすばらしい作戦立案のおかげと、〈渦の番人〉とブラック・テンプラーの協同によって、23もの異種族や異端の拠点惑星に対して大勝利をおさめた。しかし不運なことに、より広範な情勢がじゃまをして、いままたアストラル・クロウの計画は頓挫した。というのも、ティラニッド戦争の勃発によって包囲されたウルトラマール救援のために、ブラック・テンプラーが呼び戻されたからである。この戦いですでに大きな損害を受けていた〈渦の番人〉の諸戦団は〈渦〉からの退却を余儀なくされ、ヒューロンは憤激した。
 そして、ルフグト・ヒューロンは〈渦〉から帰って以来、彼らしくなく無口になり、戦団の蔵書庫に何日も籠もりきりになって誰にも会おうとしなかったり、要塞修道院の監視所でただひとり静かに夜警に立ちながら何時間も〈渦〉を映し出すホロスフィアをまじろぎもせず見つめていたりした。ある論者によれば、このころにルフグト・ヒューロンは闇に堕ちたのだという。生涯をかけて戦ってきた目標を否定されたヒューロンは、自分が主人と呼ばねばならぬ相手によって、あとわずかのところで栄光を奪い去られたのである。そのことが彼の箍をついにはずしてしまったのであろうか、それとも彼自身の慢心と虚栄心に屈してしまったのだろうか。〈総統〉を非難する者の中には、〈怒りの征戦〉の最中に、悪夢のような〈渦〉の領域の深奥で、何らかの忌まわしく〈歪み〉に汚染された約定がヒューロンの心を食い破ったのだとまでほのめかしている。
 事態はさらに悪化した。〈渦〉の中だけでなく〈帝国〉全体で。集合艦隊ベヒモスが〈極限の宙域〉の防衛網を荒廃させ、戦争と戦雲の噂が〈恐怖の眼〉から〈屍鬼の星々〉に至るまで燃えさかろうとしていた。銀河規模の反乱と怪現象もまた。やがて危機が危機を呼び、第41千年紀の800年代末には、ルフグト・ヒューロンは〈渦圏〉の事態が自分の制御を離れつつあり、〈番人〉が勝ち得てきた戦果が崩壊しようとしていることを目の当たりにした。そして事態の制御を取り戻そうとやっきになるあまり、彼は別の場所の出来事が自分に牙をむこうとしていることに気がつかなかった。〈バダブ総統〉の苦悩が暴力の火花を散らすまであとわずか。〈帝国〉は再び、自分の血を流すことになるのである。