バダブ戦争

開戦(904.M41)

 カルタゴ総督からの直接要請に応えたファイア・ホーク戦団の一部は、〈ゴルゴタの荒野〉の南部でのカルタゴ船団失踪事件を調査するために派遣された。この〈荒野〉は〈渦圏〉の北端と接していた。過去に、ファイア・ホーク戦団はカルタゴ首星シドン・ウルトラの軌道港設備を補給のために使っていた。ファイア・ホーク戦団の気まぐれで喧嘩っ早い性格は広く知られていたため、カルタゴ総督が要請する相手に彼らを選んだのも、これが理由であったのだろう。この歴史に残る慢心と愚行はまもなく災厄を招くことになった。
 〈ゴルゴタの荒野〉で討伐作戦を指揮していた戦団長スティボア・ラザイレクは、〈渦圏〉北部に数隻の宇宙船を差し向けた。そのうちの一隻である〈赤の先触れ〉号(レッド・ハービンジャー)がエンディミオン星団に入ったのは904.M41のことだった。この領域は古くからマンティス・ウォリアー戦団の管轄下にあった。彼らは〈渦の番人〉の同盟に所属する〈戦闘者〉戦団だった。〈赤の先触れ〉号はゲイレン星系に入ると、マンティス・ウォリアーの艦隊に捕捉、包囲された。どう猛で誇り高い彼らは、ファイア・ホーク側が乗船を拒否して報復をほのめかしたことに憤激して発砲。巡洋艦は大破した。このたったひとつの行為が、スペースマリーン戦団どうしの全面戦争を勃発させたのである。マンティス・ウォリアーは〈赤の先触れ〉号に乗り込んで拿捕したが、激しい交戦によって双方に多大の死傷者を出した。捕虜になったファイア・ホークは20人に満たず、誰一人降伏する者はいなかった。しかし、この戦いによってアストロパスが急報を送る余裕ができ、戦団本部に自分たちの運命と誰と戦ったのかということが知らされることになった。
 〈赤の先触れ〉号の運命を知った戦団長ラザイレクとファイア・ホーク戦団全隊は激昂し、進行中だった作戦を全て中止して戦力を結集した。戦団の全艦隊が全速で〈渦圏〉に派遣された。ファイア・ホーク戦団の到着によって事態はただちにエスカレートした。ゲイレン星系にてマンティス・ウォリアーとアストラル・クロウの両戦団から成るタスクフォースと遭遇したからである。緊張に満ちた膠着状態の中で、捕虜交換と威嚇合戦が行われた。最終的にファイア・ホーク戦団は撤退したが、それは彼らの全兵力、特に巨大な軌道宇宙要塞〈猛禽の王〉(ラプトルス・レックス)の到着を待つためであった。
 ファイア・ホーク戦団の艦隊はセーガン星系に集結し、カルタゴの同盟軍に支援されて、まもなくバダブ星区とエンディミオン星団への威力偵察を立て続けに行ったが、そうすることによって、事態は流動化の方向にエスカレートしていった。多年にわたって軍備をととのえてきた〈バダブ総統〉とその味方は戦闘経験を積んでおり、〈渦圏〉一帯の地の利をよく心得ていた。マンティス・ウォリアーはゲリラ戦法に卓越しており、神出鬼没だった。カルタゴ軍をバダブ星区のアストラル・クロウ兵力の陽動に使って、ファイア・ホークはエンディミオン星団の端にある農業惑星アイブリスを襲撃。民間施設を攻撃し、広範な穀物畑と土地を焼き払った。跳梁するマンティス・ウォリアーを戦場に引っ張り出すためであった。
 だが不運なことに、この手の攻撃は〈分離派〉にすでに予測されていた。マンティス・ウォリアーが一撃離脱戦法によってファイア・ホークをアイブリスに釘付けにしている間に、アストラル・クロウとラメンターから成る〈分離派〉の艦隊はセーガン星系に殺到して、惑星防衛軍とカルタゴ軍に決定的な勝利をおさめた。大損害を受け、立ち往生したファイア・ホークとカルタゴ軍は補給線を絶たれ、敵に包囲されてしまった。ファイア・ホークはアイブリスから撤退を余儀なくされ、惑星表面に最後の一撃を与えると同時に、〈分離派〉の封鎖艦隊をかろうじて突破することに成功した。ファイア・ホークの〈猛禽の王〉要塞は、〈分離派〉の〈渦〉戦隊が有する唯一のマーズ級戦闘巡洋艦〈聖なるテトラーク〉を撃沈した。この戦いで、戦闘艦の強力なノヴァキャノンでも巨大宇宙要塞には効果が無いことが明らかになった。
 この激しい嵐の後、つかの間の凪が星域に訪れた。〈分離派〉は戦果を確実なものとし、カルタゴ軍は散り散りばらばらに敗走した。ファイア・ホークは数の上でも兵器の上でも劣勢に立たされ、長らく〈渦圏〉の辺縁に退却せざるをえなくなった。この状況は、マリーンズ・エラント戦団がファイア・ホークの支援要請に応えてやってきた904.M41末頃まで続いた。マリーンズ・エラント戦団は六個中隊という大部隊と支援艦隊を救援に差し向けたが、その真意は今もはっきりとはしていない。しかしまもなくこの艦隊を本拠とする戦団は〈蒼白の星々〉星域沿いと〈渦圏〉コロニー群をつなぐ〈帝国〉航路を守ることに忙殺されるようになる。その間に、〈分離派〉は新たな攻勢をかけた。マリーンズ・エラントは次第に増加する〈分離派〉の襲撃から輸送船団を守るために戦力を分散させなければならなくなった。
 そして、マリーンズ・エラント戦団が、いかなる犠牲を払ってもルフグト・ヒューロンを滅ぼそうとするファイア・ホークと、〈帝国〉航路とカルタゴ星区辺縁部を〈分離派〉の攻撃から守る務めとの間で引き裂かれたことで、事態はさらに混迷の度合いを深めた。加えて、マリーンズ・エラント戦団がラメンター戦団との間で築いていた古き血盟の存在によって、事態は複雑化する。コリンス征戦で肩を並べて戦った両戦団が今や敵どうしとなったからである。そして、マリーンズ・エラント戦団がラメンターの襲撃部隊をみすみす見逃すという事件に発展する。両戦団が互いに手加減をしたことで、それぞれの味方の怒りをかったのである。
 この年の末には、さらに数多くの星系が急速に激化するこの争乱に巻き込まれていった。ファイア・ホークとカルタゴ軍は戦闘で甚大な損害を受け続けた。まもなく、十数個の世界が、民間人の虐殺を防ぐべく行われた外交交渉や、あるいは直接の武力行使によって〈分離派〉の支配下に落ちた。904.M41末、カルタゴとその味方にとってさらなる凶報が届く。残忍と独立独歩で悪名高いエグゼキューショナー戦団の到来である。マリーンズ・エラント戦団に届いた報せは、エグゼキューショナー戦団がアストラル・クロウとのいにしえの血盟を果たすために〈分離派〉の大義に身を投じるという内容だった。エグゼキューショナーは強大な軍艦〈夜の鬼女〉(ナイト・ハッグ)と完全武装の一個中隊をもって〈分離派〉に馳せ参じた。
 絶望にかられたカルタゴ総督タニット・ケーニッグは思いきった行動に出る。なぜなら、中央執務院への貢納が長らく滞っており、自分の星区で敗戦したことで破産寸前、さらにセーガン第三惑星の艦隊基地は今や〈分離派〉の手に落ちていたからである。カルタゴの〈帝国〉指揮官たちは、〈分離派〉に占領される前に近傍惑星ヴァイアナイアとカイマラから資源を集めて貢納にあてる作戦を決行した。
 しかし残念ながら、〈分離派〉の諜報網はすでにこの秘密輸送作戦の詳細を探り出してしまっており、念入りな罠が用意されていた。カルタゴの輸送船団はヴァイアナイアで大量の富を積み込んで〈歪み〉空間に入ろうとするや否や、襲撃を受けた。アストラル・クロウとラメンターの艦隊から主に構成される〈分離派〉軍はルフグト・ヒューロン自身によって率いられていた。カルタゴ輸送船団は包囲されて、猛烈な乗り込み戦闘によって一隻ずつ拿捕されていった。副司令官アントン・ナーヴァエスの卓越した指揮によって、マリーンズ・エラント戦団の旗艦〈星のジャッカル〉号だけは大損害をこうむりながらも〈バダブ総統〉の狡猾な罠を脱することができた。運命の皮肉ながら、この戦闘で負った損害のせいで、〈星のジャッカル〉号とその優秀な指揮官は、マリーンズ・エラントがマンティス・ウォリアーを惑星ベレロフォンズ・フォールまで追っていったときに落伍する。それによってこの戦団の指揮官と上級将校が数多く死ぬことになるのである。
 アストラル・クロウはファイア・ホークを〈ゴルゴタの荒野〉の端にまで追い詰め、その壊滅に全力を傾注した。ファイア・ホークは甚大きわまる損害を受けて、もはや有力な戦闘部隊とは見なされないほどに落ちぶれた。〈忠誠派〉にとってさらに悪いことに、マリーンズ・エラント戦団はマンティス・ウォリアーによってベレロフォンズ・フォールの工業衛星におびきよせられた。両戦団は死闘を繰り広げたが、マンティス・ウォリアーはマリーンズ・エラントの第一中隊と第三中隊を〈錆圏〉で罠にかけ、猛烈な波状攻撃によってその指揮系統のほとんどを破壊するに至った。マリーンズ・エラントは潰走した。この死闘の後、副司令官ナーヴァエスが救出作戦を任され、勇敢な逆襲によって包囲された生き残りを救い出すことに成功した。この悲劇の後、ナーヴァエスはマリーンズ・エラント戦団で生き残った唯一の上級将校として戦団の指揮をとることになる。後年、アントン・ナーヴァエスはマリーンズ・エラントを有力な戦闘集団になるよう復興に努めたが、戦前の威容を取り戻すことはついにかなわなかった。この悲劇についての非難の応酬の中で、ファイア・ホークとマリーンズ・エラントの同盟は崩壊した。〈分離派〉軍は抵抗らしい抵抗もうけず快進撃を続け、〈渦圏〉のほぼ全域が〈バダブ総統〉ルフグト・ヒューロンの支配下に落ちたのである。

(続く)