バダブ戦争(承前)

新たなる指導者(906.M41)

 オーティス戦団長の死によって、戦略上の主導権は一時的に〈分離派〉の手に渡り、〈帝国〉船舶への襲撃が増加した。しばらくの間、〈忠誠派〉は〈渦圏〉で奪いとったごく狭い領域の死守に忙殺された。〈蒼白の星々〉との連絡は途絶し、ゲイレンやカイグマラといった惑星に到達するにはスペースマリーンの大部隊による護衛が必要となった。この状況は最終的に、ハウリンググリフォン、ノヴァマリーン、サンズ・オブ・メデューサの各戦団の到来と、レッド・スコーピオンの新戦団長カルブ・クランが〈忠誠派軍令長〉に新たに任命されたことで解消されることになる。
 戦団の理念どおりに、クランは率直で誇り高く、何よりもレッド・スコーピオンへの忠誠はその経歴を通して無比であった。そのため、レッド・スコーピオン戦団長としてヴェラント・オーティス司令官の衣鉢を継ぐのは彼であると誰からも見なされていた。バダブ戦争において、背信のアストラル・クロウ戦団の手によってオーティス司令官が斃れた後、クランが〈軍令長〉の地位についたことを〈戦の兄弟〉たちは喝采し、何よりも重要なことに、指揮権の移譲を監督して不穏を抑えた戦団首席ライブラリアン、セヴリン・ロスが祝福した。クランの昇任には、ファイア・ホーク戦団長スティボア・ラザイレクが強く反対した。彼は先任であり、より長く〈帝国〉に奉仕してきたことを理由に、自分が〈忠誠派〉兵力全体の指揮権を与えられるべきだと要求したのである。
 オーティスの後継者としてクランは〈軍令長〉の称号と〈忠誠派〉兵力の総指揮を任されたが、これは決して保証されたものではなかった。ラプターとサラマンダー戦団から大きな支持を獲得し、〈忠誠派〉の軍議で自分こそが報復の権利と戦争を終結に導くだけの気概を有していると熱く語ることで、クランはファイア・エンジェルとノヴァマリーンからの支持を固めた。サンズ・オブ・メデューサとマリーンズ・エラントの両戦団も続いて自分たちなりの理屈で彼の選任に賛成した。小規模な不一致は残ったものの、カラブ・クランは〈分離派〉から〈渦圏〉を奪還するための〈帝国征戦〉の第二代〈軍令長〉に選出された。
 クランはただちに状況を把握して、ほぼ廃棄されていた採鉱惑星ハロウズ・ポイント上にある古い中継基地を、〈渦圏〉直近における〈忠誠派〉の本拠地に改造する計画を立案した。船舶と物資がこの星系に大量に運び込まれ、一標準年のうちにこの〈ヴェンジェンス・ステーション〉と呼ばれる基地は完全稼働するに至った。そして〈ヴェンジェンス・ステーション〉の完成前に〈忠誠派〉は攻勢の主導権を取り戻していた。まもなく、攻勢作戦の新段階への準備がととのった。特にレッド・スコーピオン戦団への戦意はたいへんなものだった。しかしながら、彼らの熱意は新たな司令官と首席ライブラリアン、セヴリン・ロスの助言によって手綱を握られていた。二人は〈戦の兄弟〉たちに容赦の無い、しかし慎重に計画された報復作戦を約束したのである。

〈忠誠派〉の再配置(906.M41)

 906.M41の終わりまでに、レッド・スコーピオンの分遣隊によって十数回の宇宙空間作戦がすでに行われていた。これは輸送船団の護衛から、前哨基地への攻撃、ラプター戦団と協力しての〈分離派〉船舶の迎撃、といったように多岐にわたり、ヒューロン軍は開戦以来はじめて守勢に立たされた。同時に〈忠誠派〉はノヴァマリーンとサンズ・オブ・メデューサ戦団からの増援を受け、ただちにエンディミオン星団とセーガン星系外縁への威力偵察を行って、〈分離派〉に圧力を与えてその部隊を釘付けにした。この新たな作戦の間、〈忠誠派〉は荒廃したカイマラ星系に駐留して、いくつかの前哨基地を建設することで、係争中のガルガシア星系における作戦行動の継続を可能にした。

ガルガシア第三惑星(906.M41)

 ガルガシア第三惑星は、有毒の湿地と腐食性の密林に覆われた野蛮惑星であった。激しい争奪が行われたこの惑星はまもなくラプター、サラマンダー、ファイア・エンジェル戦団が、アストラル・クロウとマンティス・ウォリアー戦団と、入り組んでしばしば致命的な植生のただ中で死闘を演じる戦場になった。ガルガシア戦役はまもなく奇襲と反撃が繰り返される一撃離脱の戦いとなった。ガルガシアの戦線は、ほとんど蹂躙された〈探検技師〉や密輸商人の拠点といった散在するランドマークをのぞけば、線を引けるようなものではなかった。こうした熾烈な戦いの結果は明瞭ではなく、両軍ともに膨大な死傷者を出した。ガルガシアはこの一帯で数少ない生命の存在できる惑星のひとつとして極めて重要な戦略的意味を持っていたため、争奪がずっと続いたのである。最終的に〈分離派〉がこの惑星から撤退するのは907.M41の末であり、この星系は〈忠誠派〉に奪還された。

〈忠誠派〉の増援(907.M41)

 増援が到来したことで、906.M41の間、予備部隊に配属されていたマリーンズ・エラント戦団は、翌907.M41の初めにバダブ戦争から完全に撤退した。彼らの撤退には辛辣な評がついてまわった。また、遺恨を深めるファイア・ホーク戦団は、〈忠誠派〉の軍内でこれ以上のトラブルを起こさないように、新任の〈軍令長〉カルブ・クランによって強制的に後詰めに回された。このファイア・ホークの再配置は、ハロウズ・ポイントに大要塞〈猛禽の王〉がとどまることで、建設中の基地の防備を固める役に立った。宇宙機動要塞の効能はまもなく実証される。907.M41の末に、ラメンター戦団の打撃巡洋艦三隻に率いられた〈分離派〉艦隊によってハロウズ・ポイントが襲撃されたのである。この攻撃は、〈猛禽の王〉とレッド・スコーピオン戦団の大戦艦〈オードンの剣〉の両方からの集中射撃のおかげで、建設中の基地にたいした損害をもたらすことなく跳ね返された。
 形勢は〈忠誠派〉に傾き始めた。毎月のように「他のスペースマリーンも増援途上にある」との中央執務院からの信書とともに増援部隊が到着した。クラン総司令官は、このアドバンテージをただちに活かさなければ、戦争は延々と長引く消耗戦に堕して、兵力をいたずらにすり減らすことになると知っていた。そして、打たれた最初の一手は、要塞惑星サーングラードの救援であった。サーングラードは英雄的な自己犠牲と神なる皇帝陛下への愚直なまでの信仰に支えられて、〈分離派〉の攻勢を耐え忍んでいたのである。ラプターとサラマンダーの両戦団がこの救援任務にあてられ、〈分離派〉の戦線を大きく超えて侵攻する長距離打撃艦隊を派遣した。ラプター戦団は秘密裏に、選択目標から300キロ以上離れた場所に、野戦仕様アーマーに身を包んだ〈戦の兄弟〉の大戦力を降下させた。アウスペクスや熱源探知機にひっかからないように重武装ビークルを避けたラプターの戦闘部隊は、ふきすさぶ強風に隠れて電撃的な奇襲を敢行した。主要軌道防衛施設の防壁をメルタボムで破壊すると侵入に成功したのである。続いて、アストラル・クロウからの激しい反撃で多大な死傷者を出しながらも、基地の兵器庫の破壊に成功。攻撃ルートが啓開された両戦団の大戦艦は大気圏上層から惑星を爆撃して〈分離派〉の拠点を降伏に追い込み、サーングラードを解放した。サーングラードの解放は戦争の転換点となった。〈忠誠派〉は〈分離派〉支配下の諸惑星の真ん中に潜在的なくさびを打ち込んだからである。しかし、〈忠誠派〉がこの新たな地歩を活かす前に、惑星カイマラに駐屯するハウリンググリフォン戦団から、危険で新たな脅威を示す凶報がもたらされる。

(続く)