バダブ戦争(承前)

ヒューロンの罪の暴露(907.M41)

 サーングラード極地要塞攻防戦の最中に捕らえられたアストラル・クロウの施療師が、異端審問庁によって尋問されたことで、衝撃的な事実が明らかになった。この捕虜は実際には起源から何から何までアストラル・クロウではなく、大昔に滅びたと考えられていたタイガー・クロウ戦団だったのである。アストラル・クロウ戦団の慢心は、大昔に滅亡した後継戦団の生き残りを密かに編入することで、〈渦〉を平定し、人類の敵を永遠に葬り去るべく、太古のスペースマリーン兵団に匹敵する兵力まで戦団を増強しようとするルフグト・ヒューロンの夢につながっていたのだった。〈帝国〉の学匠たちによれば、アストラル・クロウ戦団は、タイガー・クロウの最後の生き残りを受け入れたときに、心の奥底に毒牙を打ち込まれ、それが彼らの失墜につながったのだという。こうして、さらなる容赦の無い徹底的な尋問手法が極秘裏に実行に移されるとともに、〈戦闘者〉と異端審問庁の合同による〈渦〉内での秘密捕獲作戦が次々と決行された。まもなく集まった証拠から、百年以上にわたってアストラル・クロウ戦団とルフグト・ヒューロンによって推進されてきた、前代未聞の恐るべき異端が明らかとなった。
 〈総統〉が、戦団の遺伝種子の貢納を滞らせたのは、損害の埋め合わせのためではなかった。それは、絶滅寸前の血縁であるタイガー・クロウ戦団の生き残りを救うためであった。彼らは秘密裏にアストラル・クロウにかくまわれていたのである。やがてルフグト・ヒューロンは〈戦いの聖典〉で定められたレベルを超えた戦力増強を志すようになった。バダブ戦争開戦の少なくとも百年前には、増長したアストラル・クロウは密かに太古のスペースマリーン兵団に匹敵する軍勢に変容しようとしていた。もともとヒューロンに〈帝国〉への叛意はなく、〈渦〉を掃討して、皇帝陛下の名のもとに人類の新たな生存圏を築き上げようとしたのである。
 発覚を怖れて、開戦前、〈総統〉はアストラル・クロウの分遣隊を〈総統兵団〉の中に教導要員として潜ませた。バダブ星区の貧弱で腐敗した惑星防衛軍の粛正と強化にあたらせるという名目である。しかし現実には、〈兵団監督官〉たちはあらゆる点で防衛軍の指揮官として活動した。このペテンは成功し、詮索の眼から〈総統〉の拡大する戦団の本当の人数を隠しおおせた。バダブ戦争が〈渦圏〉全体を燃え上がらせると、このペテンは白日の下にさらされた。〈総統兵団〉の真の指揮官たちは忠実に〈総統〉に従い、彼の領域に挑戦する者に武器をとって立ち向かったからである。さらなる隠密調査によって明らかになったのは、アストラル・クロウの施療師たちはザイゴット器官の急速な生産を目指す異端の実験を行ったということである。ほとんどは失敗に終わったが、貢納されなかった遺伝種子を利用することで、アストラル・クロウ戦団は約3500名もの〈戦の兄弟〉たちを擁するまでに至っていたのである。

カイマラの惨劇(907.M41)

 907.M41初頭に〈忠誠派〉が被った惨敗は、この戦争で最も血塗られた年を象徴していた。エグゼキューショナー戦団の大部隊が〈渦圏〉に到着して、ただちにカイマラ星系を襲撃したのである。彼らはカイマラ星系の衛星群に築かれていた〈忠誠派〉の拠点や監視施設、星間逓信基地を一撃で破壊した。カイマラ星系に駐留していたハウリンググリフォン戦団の部隊は数で圧倒され、必死の防戦にもかかわらずひとつまたひとつと拠点が落ちるにつれて、甚大な損害を被った。
 ハウリンググリフォンは、視認の難しい区画からの容赦の無いエグゼキューショナーの猛攻撃によって、教科書通りに壊滅させられた。ハウリンググリフォンの陣地が塵芥に覆われた無大気の衛星の地表で蹂躙される中、包囲された戦友を鼓舞する役目はドレッドノート教戒官タイタスにゆだねられた。周囲に渦巻く炎にもひるむことなく、比類の無い信仰心をもって、尊敬を集めるドレッドノート教戒官は絶望的な反撃を行い、その長きにわたった命とひきかえに、戦団が再結集して効果的な防衛戦を行える貴重な時間をもたらした。エグゼキューショナー戦団が最終的に戦場から撤退した後、生き残ったハウリンググリフォンたちは、敵がタイタスの栄光ある自己犠牲に敬意を表していったことを知った。彼の砕かれた棺の周りには壊れた武器が環状に並べられ、戦団の折れたる軍旗は斃れた戦闘機械の生命なき拳に握られていたのである。尊崇されたドレッドノート教戒官タイタスの死は、ハウリンググリフォンの戦意に鉄槌のような一撃をもたらした。
 カイマラ星系の防備と監視基地が破壊されたことで、エグゼキューショナー戦団は戦闘の主目標を達成した。彼らはこの優位を利用してハウリンググリフォンの拠点を徹底的に破壊することができたはずだが、七割もの損耗を出したハウリンググリフォンの駐留部隊を残して、突如として謎の撤退を行った。この顛末にルフグト・ヒューロンは大いに不満だったが、エグゼキューショナー戦団の指揮官である大教戒官サルサ・ケインの短気な性格を考え、公式な抗議を行うことなく、〈分離派〉陣営への参加を歓迎した。甚大な損害を受けたものの、ハウリンググリフォンの残存部隊は〈忠誠派〉への義務を放棄することを拒んで奮闘を続けた。彼らが正式にこの戦争から離脱するのは909.M41のことになる。

予期せぬ敵の襲来(907.M41中頃)

 〈渦圏〉を席巻する無秩序に乗じて、〈渦〉の広がりの中に根拠地を置く海賊や異種族の襲撃が劇的に増加し、907.M41にはピークに達した。バダブ戦争の間、こうした無所属の勢力による被害を最も受けたのは〈分離派〉であった。カラハ星系からはき出されたオルク海賊の大艦隊は、エンディミオン星団とバダブ星区をつなぐ〈分離派〉の補給戦団を襲撃し、ついにはエンディミオンに拠点を置くマンティス・ウォリアー戦団そのものに攻めかかった。二万を超えるボゥイの大軍がこの惑星の貧弱な守備隊を虐殺しようと襲いかかったことで、マンティス・ウォリアー戦団はエンディミオンを守るため前線から撤退せざるをえなくなった。そして惑星をかけてオアレラの塵埃平原でオルクに機動戦を挑んだのである。この星団をおびやかすオルクと同じくらい深刻な脅威となったのが、荒廃惑星マゴグに居をおき、ディーモンに汚染された海賊教団の拡大であった。実際、その勢力増大がオルクを突き動かしたのである。〈分離派〉は、以前に実施された究極浄化作戦のしこりが〈渦の番人〉の間に残ってはいたものの、地獄と化したこの惑星への直接攻撃を余儀なくされた。ヒューロン麾下で屈指の戦闘指揮官であるコリエン・スマトリスがアストラル・クロウの大戦艦を率いてマゴグへの攻撃を指揮した。アストラル・クロウ戦団二個中隊とラメンター戦団のターミネーター部隊が、いまだ増大中だったこの脅威を刈り取った。〈総統〉は、マゴグで成長する脅威を放置すれば二正面作戦の愚を犯すことになると悟っていたのである。この戦いは多大な死傷者を出したが、そのおかげで、続いて新たな敵が参戦したそのとき、〈分離派〉はその側面を強化することができたのである。

(続く)