インペリアルナイト小景

 ブロム・グリフィスは〈機械の御座〉*1に深く座った。籠手を肘掛けにどっしりとかける。青銅色の強化単眼鏡が短焦点を結び、周りを取り囲む灯火をくっきりと映し出した。ローブが落ち着くと、宗家の黒龍紋が蒼白い上衣の色を隠し去った。
 ゆらめく暗闇の間から、数多くのグリフィスの家紋と印章が見つめ返す。無人の〈御座〉が円形の広間の縁にぐるりと並び、座主もなく冷たく沈黙している。全てが重々しかった。〈交神堂〉*2の冷気、暗闇、そして威圧的なバロック様式の石造建築の全てが。窒息しそうな息苦しささえ感じる。この、自分が治めながらも、儀式によって生きながら埋葬され、アダマンチウムで造られたこの陰鬱な城塞の奥底では。ブロムは鉄の酒杯から〈血酒〉を一口飲んだが、心にかかった棺覆いを払うことはできなかった。宮廷の社交、豪奢な鎧、紋章、金縁の贅沢品。城塞のあらゆる場所を飾り立てるそれらと同様に。
 〈儀式〉を受けてより四百年経ったが、今でもわずかな細部まで思い出せる。夜半、汗にまみれ、手は震え、両目を見開いて飛び起きるとき、アヌリーズの指が触れ、何を思いだしたかをたずね、そしてブロムが聞きたい言葉をささやいてくれる。そして、おののきが去るまで待って、生体移植機器がもたらす代償を忘れる助けになってくれる。身に刻まれた戦いの傷跡を指でなぞりながら、戦士の誇りを思い出させてくれるのだ。
 ブロムは冷たく笑った。アヌリーズでさえ、宗家の心奥に激しく燃えさかる魂を持つことにかけては、自分と変わりはない。この何百年もの歳月の中で、より危うさを研ぎ澄ましたのは、あるいは彼女かもしれない。それは解きがたい問いだった。戦いのただ中で問われるのは機械操縦の腕だけではないのだ。
 そっと酒杯を置いた。本能から、ブロムは変化の到来を感じたのだ。〈御座〉が語りかけ始める・・・・・・最初はささやき、やがて奔流のごとき声。最初の頃に感じた、興奮と緊張の混じる感情は、今はもうない。魂は亡霊のごとき先祖のそれと混淆し、硬く、鋭くなったからだ。少なくとも今、目覚めているときに感じるものは、ただ、鉄の甲殻を求める飽くなき欲求のみ。眠れる神、戦いを駆けぬけるさなかにあっても決して分かたれることのない魂の半身への望みだけだ。周りにゆらめく灯火が消え、プロメジウムの注入管がバチバチと音を立てる。あたかも見えざる手に押さえつけられているかのように。早鐘を打つ心臓を感じる。硬く引き結ばれた唇がわななき、指は〈御座〉の肘掛けを握りしめた。

“声を聞いた”

 開放ピストンが引かれ、足もとの床が震動する。ブロムは頭を〈御座〉の背もたれに押しつけて目を閉じた。襲いかかる蛇のように神経同期ケーブルが飛び出して折れ曲がり、ものものしいダイヤモンド製の接続端子をむき出しにする。そしてつながりあい、鉄製の編み束になってブロムの頭蓋に堅く巻き付いた。するとすぐさま、果てしない雑話が始まる。ほとんど判別できない声と、いにしえの戦争の響きが。それは、心を注入された鉄と鋼の重なりに埋め込まれた、機械意識の深い鼓動なのだ。
 〈御座〉の周りの敷石が持ち上がり、その下の金属の蝶番をあらわにする。広間に荘厳なクラクションの鈍い音が響く中、光線が渦を巻いて放たれる。グリフィス宗家の派手派手しい紋章にかたどられた背後の壁が、塗油されたレールに沿って覆い被さった。硬いガチャリという音とともに、牽引索が固定される。

“ようやく生き返るのだ”

 震動とともに、〈機械の御座〉全体が揺すぶられ、回転し、そして滑り始めた。移送トンネルを落ちていく間、ブロムは腹の底に疼きを感じた。見かけの豪奢さをあとにして、城塞深奥の暗き背骨に向かっていくのだ。太古より存在する数知れぬ鉄の通路。それは聖なる地球で鍛えられた金属でできていると伝わっている。〈機械の御座〉は毎秒数百メートルの高速で落下し、ブロムの血液は頭にのぼり、ローブはめくれて鎧の上ではためいた。
 ブロムは、接続された心の中で大きさを増す声を聞きながら、手を硬く握りしめた。ターミナル・ハッチを瞬時に通り過ぎると、格納された背甲*3が眼下に見えた。隆起と兵器に彩られたそれは、まるで鋼鉄の月世界だ。その上部にあるコックピットはすでに開放されており、やわらかな赤色で輝いて・・・・・・誘っていた。
 ガシャンという音がこだまをひき、〈御座〉は定位置に収まった。背甲の天井が覆うように閉じ、クラクションの音を遮断した。
 いつものように、一瞬、自分がどこにいるのか混乱する。その刹那に〈御座〉は接続を済ませる。シャフトがソケットに挿入され、腕金が固定され、電力が火花をあげて注がれるのだ。巨機は身震いし、瞬く間に生命を宿らせた。このうたかたの惑いの瞬間にいつも、ブロムは自らを疑う。名を忘れ、己が誰なのかも、なぜこうしているのかもわからなくなる。そして次の瞬間、エンジン噴射に裂き散らされる雲海のごとく、全てが腑に落ちるのだ。

“己を取り戻した”
 ブロムの両目は、開いたときにはもう巨機の光反応式視認機器と連動している。その身体は、鋼鉄の途方もない筋肉とアダマンチウム製の皮膚と同調している。腕をあげれば、はるかな眼下で巨大なチェーンブレードが構えをとる。ひとつひとつが人間ほどの大きさもある機械部品が、命を吹き込まれてうなりをあげるのだ。正面を見ると、今や巨機と一体化した両目を通して、巨怪のごとき両開きの扉が開け放たれている光景が広がる。〈超克堂〉*4の隆起の多い床が蒸気を吹き上げた。ブロムは、召使いたちがあわてて進路から走り去るのを目の端にとらえたが、ほとんど気にすることはなかった。人間としての次元に縛られているときなら、あるいは下僕たちの見分けがついたかもしれないが、戦争の巨獣の脈打つ心臓に組み込まれた今となっては、彼らはまるで別の種族のようだった。
 大扉を通ると、惑星ドラゴンズ・エンド*5の群青色の空が広がっていた。地平線には集まる雲は、神聖な使命のためブロムを宇宙空間に運ぶ〈工業船〉*6の降下を示していた。
 巨機のイオン・シールドがバチバチと音を立てて起動した。背甲の最終封印が音を立てて固定された。単眼鏡の画面には神聖文字が流れ、二進法とゴシック語で神秘的なデータの束をブロムに伝達した。内奥で機械意識が目を覚ました。広大で無慈悲、檻を打ち破って再び自由の身になろうとする存在が。
 ブロムは何も言わなかった。もはや言う必要すらなかったからだ。機械と自分は一心同体。記憶に匹敵する強さの技術魔法の絆が互いを結びつけているのだ。古き渇いた精神がブロムの心に襲いかかり、砕け散ってうなり声をあげた。それは過去よりの魂の叫び声、絶え間なく身の自由と虐殺への欲求にかられ続けるものたちだ。しかしそのたたきつけるような渇望は、ブロムの心には映らない。感じるのはただ、生命のみ。

『歩け』

 ブロムは最初の命令の思念を、精神伝送機を通して送った。すると耳を聾する戦の角笛が鳴り響き、〈騎士〉は再びの第一歩を踏み出した。

*1:Thone Mechanicum。インペリアルナイトの操縦席

*2:Communion Dome

*3:Carapace。インペリアルナイトの胴体部分。

*4:Vault Transcendent

*5:グリフィス宗家の本星たる火山惑星。

*6:forge-ship。帝国技術局の宇宙船