バダブ戦争(承前)

ゲイレン制圧

 910.M41の初頭は、バダブ戦争を恐怖の結末に導く来たるべき嵐の前の最後の静けさであった。〈忠誠派〉陣営の戦団の多くは相当な損害を被っており、今やより暗い噂の多いスペースマリーン戦団に交替しようとしていた。〈渦圏〉はまもなくその長い激動の歴史の中でも類を見ないほどの虐殺に見舞われることになる。六年の長きにわたって孤立してきたゲイレン星系は幾度も争奪が繰り返された至宝であった。ゲイレン星系はファイア・ホーク戦団と〈分離派〉連合軍との間で戦われた大戦闘の場所であり、双方に多大な犠牲が出た上、ゲイレン第二惑星の生命維持ドームが荒廃した結果、隣の辺境惑星ゲイレン第六惑星に大量難民が押し寄せた経緯があった。
 〈軍令官〉カルブ・クランの直接指揮のもと、〈忠誠派〉の軍勢はゲイレン第六惑星の秩序を回復し、将来の禍根を摘むために針路を変えた。〈異端審問庁特使〉フレインの助手である異端審問官クラムナー率いる〈粛正の団〉部隊に随伴されたこの作戦の唯一の条件は、惑星が充分な中核人口を保持して居住可能な状態にとどめ、今後も〈帝国〉の戦争遂行に協力できるようにすること、だけであった。惑星奪還計画はこの条件に沿って、方面軍司令官であるサンズ・オブ・メデューサの“鉄の戦士長”ヴェイランド・カルの指示のもと、策定された。サンズ・オブ・メデューサはゲイレン第六惑星オールド・シティ郊外の上陸予定地点周辺に軌道爆撃を実行。続いて三個中隊がオールド・シティ外縁に着陸して包囲し、あらゆる抵抗を撃砕した。
 三昼夜の間に、サンズ・オブ・メデューサは補給物資と〈戦闘者〉の増援を降下させて、新たな要塞の建築に着手した。四日目の朝、生き残った数百万人の住人の間に恐怖が広がった。この恐怖はサンズ・オブ・メデューサが計算の上でよく用いる戦術である。警告もなく、戦団は大規模な機甲部隊の強襲を開始した。これはライノ、レイザーバック、ランドレイダー、ドレッドノートで構成され、空にはランドスピーダーが飛び交った。エメラルド色の鎧をまとった死神の紋章の横には、異端審問庁の真紅に彩られたキメラとリプレッサーが付き従った。車両の拡声器から異端審問官がゲイレン第六惑星全住民の即時降伏と即決裁判を要求した。住民の一部は無謀にも〈皇帝陛下の憤怒〉の体現に襲いかかろうとしたが、サンズ・オブ・メデューサに惨殺され、またある者たちは陣地に籠もったり都市から逃げだそうとしたりした。そういった人々は巡回するランドスピーダーとヴァルチャー・ガンシップによって容赦なく殺害された。市内で抵抗を試みた者は包囲殲滅された。号泣する生存者たちは異端審問庁の部隊に連行されて、〈帝国〉の上陸地点に築かれた異端審問庁の要塞で尋問と裁判の運命を待つことになった。
 オールド・シティは、サンズ・オブ・メデューサの攻撃開始から56時間で〈帝国〉に奪回された。まもなく虐殺の報せがゲイレン第六惑星全体に広がり、惑星全体に恐怖のとばりが降りた。そして、何百万人という現地人と難民が、恐怖の中で生きるよりも死刑判決を選んで、同様に降伏した。オールド・シティの廃墟はゲイレン第六惑星の住民を幽閉・矯正するための檻として再建された。全体として、ゲイレン戦役は成功をおさめた。オールド・シティ住民の大半は殺戮されたが、最終的な死者数は長期にわたる惑星規模の消耗戦に比べれば微々たるものだった。驚くべきことに、〈粛正の団〉は慈悲深かった。惑星住民の大多数にその罪と違反への罰として、終身懲役を課したのである。その結果、帝国兵務局は〈渦圏〉の屈強な住人から多数の懲罰兵団を新設することができたのである。それ以外の住民はゲイレン第六惑星での労働にたずさわるか、〈渦圏〉の他地域に送り込まれて復興事業に従事した。サンズ・オブ・メデューサは直後にゲイレン第六惑星を離れ、以後この星は数世代にわたって〈帝国〉のために懲役を行う刑務所惑星となったのである。

深海の鮮血(910.M41)

 910.M41に予告もなく到着した、砲撃痕だらけの正体不明のスペースマリーン打撃巡洋艦は、太古の、しかしまだ有効な〈帝国〉識別プロトコルで自身を認証した。その艦名は〈脅かす巨獣〉(レヴィタス・ヴェクス)、そしてその到来は後にバダブ戦争における流血と蛮行の同義語となる名前を持つ軍勢の前触れであった。正体不明のスペースマリーン軍は〈忠誠派〉陣営への参戦を表明して、地球からの直接の要請に応えたのだと主張した。彼らが自ら名乗った戦団名は古代上位ゴシック語で「カーチャドロンス・アストラ」、または単にカーチャドロン。下位ゴシック語では〈宇宙の大鮫〉を意味する言葉であった。そして、正式な〈忠誠派〉への受け入れと戦闘区域に入って血を流す資格を要求した。カーチャドロンの指揮官タイベロスは到着後ただちに、バダブ戦争を遂行する〈異端審問庁特使〉のもとに参じて、この戦団が大昔の〈地球至高卿〉と異端審問官によって与えられた権利と称号を認められていることを証明する勅許状を提示した。タイベロスはサイキック探査と遺伝子サンプリング調査にも応じた。〈異端審問庁特使〉はカーチャロドンを承認した。総司令官であるレッド・スコーピオン戦団のカルブ・クラン〈軍令長〉も、カーチャドロンが戦列に加わることを認めたが、それでも彼らが〈帝国〉外を長らく航海してきたことによる忠誠心の揺らぎと〈戦いの聖典〉からの逸脱への憂慮を消せなかった。サメが血に引き寄せられるように、バダブ戦争が最も血塗られた段階に入ったまさにその時にやってきたカーチャドロンの出現は、多くの者に疑念を抱かせずにはいなかった。

トランキリティー戦役(910.M41)

 910.M41、マンティス・ウォリアー戦団の兵力は大きく減少していたが、カルブ・クランは、〈忠誠派〉がバダブ星区に全力侵攻するときに、側面に彼らを残したまま進む愚を充分に承知していた。〈軍令長〉はすでに、エンディミオン星団への新たな攻勢を実施するべく部隊の配置変更を行っていたが、カーチャドロンの到着に伴って、総司令官は想定外の戦力を手にすることになった。そこで、彼らの野蛮な獰猛さをマンティス・ウォリアーとその領地に向けて解放することにした。カーチャドロン艦隊は銀河平面上でシガード星系の直上で〈歪み〉を脱けた。それはシガードの荒れ狂う膨張太陽に危険なほど近い距離であり、太陽フレアによって自分たちの存在を隠蔽したのである。数十の打撃部隊に分かれた灰色のスペースマリーンたちは、シガード星系をその激怒のはけ口の最初の生け贄として、無数の小惑星帯コロニーや要塞、船舶部族を荒廃させていった。カーチャドロンは星系全体で荒れ狂い、何千年もかけて築き上げられ、異種族や海賊の脅威に耐え抜いてきたあらゆるものをわずか数日で滅ぼし去った。この荒っぽい作戦の後、〈帝国〉海軍の偵察艦は、星系全体が廃墟と化しており、ヴォクス通信には死者と沈没船からの不気味な不協和音が響くばかりであると報告した。また、カーチャドロンは装備、資源、そして人間そのものまでも略奪と回収の対象にした。後にいくつかの権威筋が結論づけたことに、カーチャドロンの最初の標的に豊かな宇宙コロニーとインフラを備えていたシガードが選ばれたのは、そこがマンティス・ウォリアーと長いつながりがあったというだけでなく、外なる暗闇での知られざる長き航海を経てきたカーチャドロンが、戦争に参加するにあたって回復するために必要な報酬を求めていたからであった。
 カーチャドロンはマンティス・ウォリアーを擁すると言われている星団内の惑星を計画的に滅亡させ、この〈分離派〉戦団はこうした星々を守るために兵力を集中させなければならず、〈忠誠派〉に対する一撃離脱戦法を使えなくなった。この戦略によって、カーチャドロンは敵を探して星団じゅうを探し回ったり、地の利を得て待ち受ける敵に立ち向かったりする必要から解放された。まず、カーチャドロンは封建惑星アイブリスを荒廃させ、そのインフラと支配層を滅ぼすと、続いて惑星上に散在する集落と遊牧民を夜襲によって虐殺した。こうしてアイブリスはこの惨劇におびえきったわずかな生き残りしかいない荒野と化した。この野蛮な戦団は次に汚染された工業惑星エンディミオン・プライムを襲撃した。ここではファイア・エンジェル戦団の小部隊が、荒れ果てた工業施設群の間にマンティス・ウォリアーに率いられた反乱軍を追い詰めていた。カーチャドロンはファイア・エンジェルの存在を意に介せず軌道爆撃を行い、何百もの灰色の降下ポッドが塵芥に覆われた惑星に降りたち、大虐殺が行われた。
 この惑星を守る誓いを立てていたマンティス・ウォリアーは反応せざるをえず、カーチャドロンの蛮行を止めるためにエンディミオンの救援に向かった。マンティス・ウォリアーの戦闘技術はカーチャドロンに劣るものではなかったが、あまりにも数が少なく、戦いの趨勢を変えることはできなかった。首席ライブラリアンのアハズラ・レドスに率いられたマンティス・ウォリアーは退却を拒んでこの惑星を守るために死んでいった。それはカーチャドロンの指導者タイベロスの予見したとおりであった。カーチャドロンは惑星クスサルとラーギトールでもこのやり方を繰り返し、続いてトランキリティー星系の双子惑星そのものにも襲いかかった。どの戦いでもマンティス・ウォリアーは包囲された惑星への救援に駆けつけなければならず、有効な戦力をどんどん削られていった。今や疲弊しきったこの戦団は有力な戦闘単位としては存在を停止した。しかしそれには大きな代償が支払われていた。このトランキリティー戦役の結果、甚大な損害を被ったファイア・エンジェル戦団はこの戦争からの撤収を許可された。この件が、ファイア・エンジェルがカーチャドロンに対して憤激した大きな理由である。トランキリティー戦役の間を通して、両戦団はとるべき手段について何度も衝突して、大きな禍根を残したのだった。味方の行為に驚愕したファイア・エンジェルは名誉をもって残存勢力とともに撤収し、本拠地惑星で大損害を受けた戦団の回復に努めたのである。
 エンディミオン星団の脅威を制圧したカーチャドロンは再配置され、その艦隊は〈忠誠派〉の後方の警邏にまわされた。バダブ星団への侵攻に先立つ平定はミノタウロスとレッド・スコーピオン戦団に任された。エンディミオン星団の住民にとって不幸なことに、彼らの惑星に災厄が襲うのはこれで終わりではなかった。というのも、カーチャドロンは後年、戻ってきて彼らに蛮行のとどめをさすからである。

(続く)