〈総統〉独り立つ

死に至る命令(911.M41)

 かつての盟友たちの“背信”を知ったルフグト・ヒューロンは、戦闘区域全体に放送された記録映像の中で、アストラル・クロウ戦団とその臣下はもはや〈帝国〉の一部ではないことを宣言した。それまでは、バダブの〈分離派〉は〈帝国〉から異端宣告されていたものの、その支配下にある惑星では何百年にもわたって続いてきた生活がそのまま残されており、神なる皇帝陛下への信仰も保たれていた。〈分離派〉に公然と反対する聖職者は排除され、〈総統〉の大義により好意的な者たちにすげかえられたが、何百万人もの信仰はおびやかされることなく、またこの星区の地元防衛軍の人々は当然のように異端に立ち向かう戦争で戦って死んでいるものと信じていたのである。だが、真相はついに哀れなバダブ星区の大衆の前に明らかにされた。ヒューロンに残された支配地の内部では、〈帝国〉の権威を示すあらゆる標章とシンボル、文化と信条は信仰破壊の業火に投じられ、バダブ・プライマリスで行われた聖職者と官僚(そのほとんどはこの戦争の真相と性質について全く知らなかった)の大量処刑は、何週間にもわたって絶え間なく行われたと伝えられている。バダブ星区に潜入した異端審問庁の工作員からの当時の報告によると、その主要惑星の状況はさらに苛酷になり、飢餓と欠乏が蔓延し、絶望の影が全ての者の上に降りていた。
 アストラル・クロウたち自身については、全員がそうしたわけではないものの、多くの〈戦の同胞〉は〈帝国〉の紋章と国章をその鎧と武具からはぎとるようになった。無地の金属面に戻したり、あるいは復讐の血の誓いをあらわす赤や真紅で塗りつぶしたりすることで、〈総統〉のシンボルだけが残るように仕立てたのである。これ以前は、バダブ星区の住民は厳格で野蛮な規律のもとに統制されていたものの、維持管理すべき貴重な戦争資源と見なされていた。しかし今やアストラル・クロウの怒りはより恣意的で暴力的になり、ルフグト・ヒューロンですらも屈した激しいパラノイアと殺戮衝動は、〈総統〉の領内に囚われた不運な者たちの上に降りかかった。バダブ・プライマリスでは、〈戦闘者〉でない者がアストラル・クロウの顔を直接見ることは許されず、これに反した者は目つぶしの刑に処せられた。そして、ヒューロンの命を奪おうと指令室に暗殺者が入り込んだ事件の後は(この暗殺者は〈総統〉自身の手で殺された)、スペースマリーンでない者が〈茨殿〉の区域に入ることは死刑でもって禁じられ、何千人もの民間人がアストラル・クロウ戦団の報復部隊によってさしたる理由もなく虐殺された。この時点で、アストラル・クロウ戦団の心理状態は包囲された者たちのそれに陥っていた。彼らは死が避け得ざるものであることを悟っていたが、自分たちを虐待した者たちへの不毛な復讐心に駆り立てられていた。痛苦と憤怒が、わずかに残っていた彼らの名誉すらも呑み込んだのである。

ピレアウス侵攻(911.M41)

 最高司令官クランは、大規模強襲に必要な軍勢を集められるだけの戦略的優位を得るに充分待ったと判断し、バダブ星区辺縁にあるピレアウス星系への侵攻征服計画を発動した。ピレアウス星系はバダブ星区中央へのさらなる攻撃の鍵となる場所と見なされていた。というのも、この二つの地域の間には比較的安定した〈歪み〉航路が存在したからである。長らくあたためてきた計画を実行に移すべく、クランはすでにアイシンとデカバルスに一連の副次的戦線を構築していた。そこでは彼自身のレッド・スコーピオン戦団が、ミノタウロス戦団とエクソシスト戦団の支援を受けて襲撃と一撃離脱を行い、その地域の大半を不安定化して、〈総統〉の軍隊を外縁防衛のために薄く散らばらせることに成功していたのである。
 最初の攻撃は、産業惑星ピレアウス第五惑星(ヤロー基地とも呼ばれていた)への〈帝国〉海軍の封鎖作戦ではじまった。この間に、スペースマリーンがピレアウスの主要ガス巨星クリティアスの第二衛星にあるコロニーに直接強襲を敢行した。この攻撃はエクソシストとレッド・スコーピオン戦団の連合部隊によって行われた。彼らの打撃部隊はスペースマリーン六個中隊の有力戦力から成っていた。このスペースマリーン部隊の過半数エクソシストの新鋭増援部隊で構成されていた。最高司令官クランは、戦争の終盤のために彼らを予備として温存していたのである。そして、この強襲作戦の総指揮は最高司令官クラン自身の手によって行われた。
 作戦開始時から、ピレアウス星系侵攻は遅滞と思いもかけない災厄に見舞われた。侵攻艦隊がラルサ星系を発ったとき、随伴する〈帝国〉海軍の巡洋艦〈メンドーサの槍〉がゲラー・フィールド機関の致命的事故に見舞われて、乗員全員は悲鳴をあげながら非物質空間に呑み込まれた。その他の数隻も想定外の〈歪み〉航路の嵐によって損害を受け、分散してしまった。これによって目標星系の辺縁に到達したこの不運な艦隊は、計画とはかけ離れたばらばらの状態に陥っていた。〈忠誠派〉の艦艇はまず集結することを余儀なくされ、ピレアウスの中央惑星に到達するために全速推進で何日もかかってしまった。こうして、奇襲効果は失われたのである。
 〈忠誠派〉艦隊には攻撃を強行する以外の選択肢はなかった。〈報復〉級戦艦〈血の玉座〉によって率いられた〈帝国〉海軍の本体は、防衛艦隊と交戦してピレアウス第五惑星を爆撃した。その間、スペースマリーンの打撃部隊はクリティアスの第二衛星に強襲をかけた。帝国防衛軍と異端審問庁の部隊を乗せた惑星強襲艇の戦隊が後列を編成して、〈戦闘者〉の攻撃成功に続いて突入する計画だった。宇宙空間での敵の抵抗は攻撃を遅らせるには不充分だった。〈帝国〉軍は地雷原に散発的に遭遇したが、損失を受けることなく啓開または迂回した。ピレアウス第五惑星周辺の〈分離派〉の艦隊には、最高司令官クランが集めた〈忠誠派〉の軍勢の不可避の強襲を長くおしとどめる力はなかった。ピレアウス第五惑星上空の戦いは熾烈で、防衛側の艦艇は自殺的な攻撃を攻撃側にしかけた。また、〈帝国〉海軍の艦隊はピレアウス第五惑星に軌道爆撃を行うという第二目標は達成できなかった。というのも、予想以上に強力に奮闘する地表のマクロ・キャノンおよび防衛レーザー砲台の大規模基地からの対空砲火によって、〈海軍〉艦艇は退却を余儀なくされたかである。
 一方、クリティアス第二衛星の軌道上では、強力な抵抗に遭遇しながらも、〈忠誠派〉が大勝利をおさめた。レッド・スコーピオン戦団の〈オルドンの剣〉とエクソシストの〈改悛させる者〉の連係攻撃によって衛星の小惑星要塞は短時間で粉砕された。月面コロニーの主要城塞および発電施設の周辺にすばやく上陸拠点が設定され、予備爆撃に続いて全面的な惑星降下作戦がサンダーホークとドロップポッドによって決行された。上陸するとただちに、レッド・スコーピオンとエクソシストは〈総統兵団〉による猛反撃にさらされた。敵の数は首に爆弾をつけられ、鋭利な道具や粗野なプロメジアム爆弾だけを持たされた強制労働者の群れによって何倍にもふくれあがっていた。押し進むスペースマリーンは〈総統兵団〉補助部隊とその奴隷労働者をまとめて殺戮し続けたが、そのあまりの多さのために攻撃は鈍り、計画通りに個々の目標を目指して散開することができなくなった。レッド・スコーピオンとエクソシスト両戦団の大部分が上陸地点周辺に押しとどめられたこの瞬間、アストラル・クロウのしかけた罠が発動した。
 それまで沈黙を保って隠されていた地上砲台群が、衛星を覆う異星の森の奥深くから砲撃を開始して、サンダーホークと上陸艇を撃墜し、上空低軌道上のスペースマリーン艦艇を粉砕した。衛星の城塞の中からは大砲と迫撃砲がうなりをあげ、白兵戦をたたかう味方にもかまうことなく、〈忠誠派〉スペースマリーンに向けてミサイルと砲弾を雨あられと降りそそがせた。しかしこれは序の口でしかなかった。隠蔽されたバンカーの中から何十台ものランドレイダー戦車とライノ装甲輸送車が〈バダブ総統〉の紋章を輝かせながら姿を現した。それはアストラル・クロウ戦団のほぼ全兵力であり、主君であるルフグト・ヒューロンそのひとが陣頭指揮をとっていた。最高司令官クランとスペースマリーンたちは、上空と地下からの十字砲火にさらされたのである。
 〈総統〉はずっと前からピレアウス星系こそがバダブ星区防衛の要石であると予見して、独自の計画を練り上げていた。アストラル・クロウをクリティアスに集結させ、秘密裏にその防衛設備を改良、再配置することだけが、〈総統〉の戦略の全貌ではなかった。クリティアス第二衛星に隠された砲台が火を噴いて〈分離派〉の強襲部隊をその支援艦隊から切断してからわずか一時間以内に、〈総統〉自身の戦闘艦隊がピレアウス星系内縁部に実体化した。続いて起こったのは、バダブ戦争で最大級にして最後の大艦隊戦だった。アストラル・クロウ艦隊に残された最後の大戦艦である伝説にうたわれた〈審判の熾天使〉とともに、〈分離派〉艦隊はかつて威容を誇った海軍力の最後の実戦を敢行したのであった。
 惑星地表上では、〈忠誠派〉と〈分離派〉とが容赦なくぶつかり合う荒々しい死闘が続いていた。アストラル・クロウは野蛮な復讐心にかられて襲い来たり、レッド・スコーピオンもまた自身の正当な憎悪をもってそれに対した。一方、エクソシストは圧倒的な敵勢に対してもいつも通りの恐るべき冷静さを示した。最高司令官クランは戦団首席司書セヴリン・ロスとともに陣頭に立った。ルフグト・ヒューロンはエクソシストの戦列を猛攻撃して、スペースマリーンたちをいともたやすく撃砕した。〈総統〉の血塗られた親衛隊は彼に続いて突入し、殺戮のくさびとなって〈総統〉の真の宿敵、カルブ・クランに向けて激進した。エクソシストの指揮官サイラス・アルベレック隊長は、戦団の精鋭強襲部隊〈エノク親衛隊〉を率いて〈総統〉の攻撃を鈍らせるべく立ちふさがった。サイラス・アルベレックはアストラル・クロウで最も怖れられる悪名高きドレッドノート、〈古きクレイター〉と一騎打ちにおよんだ。エクソシストの隊長は重傷を負い、ターミネーター・アーマーを壊されながらも、銘有りの聖遺物たるメイス〈地獄を討つもの〉でドレッドノートの動力システムを破壊することに成功し、この金属の巨獣を打ち倒した。
 死闘の続く中、二人の戦団長はついに互いを見つけ出した。カルブ・クランとルフグト・ヒューロン、その武芸はまさに互角。〈総統〉は怒りに駆られてレッド・スコーピオン戦団長に突進し、憤怒の声をあげて皇帝を冒涜した。対するクランは不気味な沈黙のまま、〈総統〉が奮う聖遺物たるライトニング・クロウ〈亡霊の剃刀〉の狂気に満ちた連打を、戦団にいにしえより伝わる伝家の宝刀〈蠍刀〉ではじくことに集中した。まもなくクランは満身創痍となった。そして両戦士が間合いを取った瞬間、クランははじめて口を開くと、〈総統〉を糾弾し、挑発した。この侮辱にさらに激昂した〈バダブ総統〉は怒りに咆えたけり、かのレッド・スコーピオンに再び突進した。しかしクランはこの狂乱した攻撃を予期しており、彼が華麗に身をかわすと、〈総統〉は勢いあまってその脇を通り過ぎた。クランが最強のスペースマリーンですら斃すほどの一撃を繰り出し、〈蠍刀〉を〈総統〉の脇腹に深く斬り込むと、鎧が砕け、大量の血が噴き出した。しかし〈総統〉は敵の攻撃を振り払って向き直り、かぎ爪を振り下ろした。幽鬼のように輝く刃はがカルブ・クランの胸甲を貫いた。クランは〈総統〉が詰め寄って彼の心臓をえぐり出す前に、苦痛を英雄的な努力でおさえながら仰向けに倒れた。そしてかのレッド・スコーピオンは、そびえ立つ〈総統〉の哄笑が響く中、瓦礫と遺骸の山を滑り落ちていった。瀕死の重傷を負ったカルンがかろうじて立ち上がったとき、まだまわりで死闘は続いていた。しかしそのとき突如、新たな太陽が天空に現れると、眼下の全てに破壊を降りそそいだのである。
 エクソシストの大戦艦〈改悛させる者〉のライダー艦長は、眼下に囚われた軍勢を救い出すべく危険な作戦を敢行した。上空で戦いを起こせば惑星防衛軍の目をそらせるのではないかと考えたのである。〈改悛させる者〉は最も損害が少ない船のひとつで、その格納庫には艦隊全体から緊急作戦のために集められたサンダーホークを収容できるだけの容量が残っていた。この大戦艦はクリティアス第二衛星の希薄な大気に突入した。地上の砲台はこの巨艦には効果がなく、シールドを赤々と輝かせる〈改悛させる者〉はまるで猛烈に光り輝く太陽のように見えた。恐慌に陥った防衛軍はすばやく反応することができなかった。エクソシストの司書タロスはセヴリン・ロスの明るく輝く魂と負傷したアルベレック隊長の見慣れた輝きを見つけ出し、〈改悛させる者〉は意図する目標へと向かった。この想定外の到着によってアストラル・クロウは塵芥の嵐の中で押し戻され、天空を圧する巨艦の影の中、クランと〈総統〉の一騎打ちの場には岩石と炎が降りそそいで、決着がつく前に両者を分かったのである。敵が再集結する前に、ただちに救出作戦が決行され、〈改悛させる者〉の艦砲が地上を引き裂き、近隣の城塞の塔を粉砕した。二時間におよぶ必死の作戦によって、惑星降下に参加した〈忠誠派〉スペースマリーン五個中隊のうち三個中隊が救出されたが、そのほとんどが死傷者か、あるいは死闘の証である戦傷を受けていた。負傷者の中には最高司令官クランも含まれており、戦団のアポセカリーに引き渡された。
 クリティアス上空では、〈忠誠派〉スペースマリーンの艦隊に〈帝国〉海軍が合流した。〈分離派〉はいまだ〈忠誠派〉より隻数も多く、砲数も勝っていたが、〈忠誠派〉はその艦艇の多くが損傷を受けながらも、戦列にはいまだ多数の重戦艦が残っており、技量と規律の質では大きく勝っていた。反乱艦隊は混乱した寄せ集めの戦列であり、それが彼らの破滅となった。〈帝国〉海軍とスペースマリーン艦隊が連携して緊密な編隊を組み、敵前面を斜めに横断しながら最大効率で斉射する一方、〈分離派〉は思うように戦うことができなかった。この宇宙戦闘はまもなく〈審判の熾天使〉撃沈によって〈忠誠派〉の勝利に終わったが、多大な犠牲を払った。また、逃亡する敵艦の追撃や拿捕の際の乗り込み戦闘の中で、無数の血塗られた戦闘が発生したのである。
 ピレアウス侵攻作戦は終了した。両陣営ともに勝利を宣言し、両陣営ともに敗北を味わった。〈分離派〉にとって、〈忠誠派〉の侵略者は追い払われ、寸土も譲り渡すことはなかったが、そのためにかつて精強だった艦隊を投入してそれを失った。もはやバダブ星系そのもの以外の領土を維持する見込みはなくなったのである。両陣営の死傷者は色を失うほど甚大であり、最高司令官クランは自分の攻撃戦力が打ちのめされ、最強の戦列艦の多くが修理に何年もかかるほどの損害を受ける光景を目にした。バダブ戦争はピレアウスにて事実上〈忠誠派〉が勝利したと言われているが、まだ戦うべき最後の戦いが残されていた。そしてそれは最も熾烈なものになることが確実であった。すなわち、バダブ本土決戦である。

(続く)