バダブ戦争(承前)

ラメンター戦団の破滅(908.M41)

 〈異端審問庁特使〉フレインは、ラメンター戦団の移動と配置についての大量のデータを〈忠誠派〉に提供して、そのパターンを分析した。908.M41までに、ラメンター戦団はすでに多大な損耗を被っていたが、未だ侮りがたい戦力を備えていた。そこで、彼らを〈総統〉陣営から孤立させて戦争から脱落させる計画が練られたのである。フレインの優秀なスパイ網によって獲得された情報を用いて〈忠誠派〉は、ラメンターが〈総統〉によって南部側面を守る盾として使われており、〈蒼白の星々〉を支配する〈忠誠派〉に立ち向かっているということと、アストラル・クロウ戦団の大部分はバダブ近傍に予備戦力として維持されていることを、すばやく看破した。艦隊を根拠地とするラメンターが被った損害は、バダブ星区南部を守るために絶え間なく派遣されたことと、〈分離派〉の補給戦団の護衛を務めたことによるものだった。ミノタウロス戦団は最も効果的な機会を待って戦力を集中させた。そしてラメンター戦団の戦団要塞旗艦(チャプター・バーク)〈涙の母〉(マーテル・ラクリマールム)の位置が、補給のために野蛮惑星オプテラ軌道上であることが判明したとき、その機会がやってきた。
 ミノタウロス戦団はただちに強襲部隊を派遣して敵艦を攻撃し、メインドライブを破壊して星系から脱出させないようにした。ラメンター戦団はあらゆる代償を払って戦団要塞旗艦を防衛せざるをえなくなった。というのも、それには戦傷者と貴重な遺伝種子が積載されていたからである。要塞旗艦への攻撃が続く中、ラメンター艦隊の大半がオプテラ星系に急行した。かくして、ミノタウロス戦団との十七時間におよぶ激烈な艦隊戦が起こった。ミノタウロスは甚大な損害を受けたが、やがてその荒っぽさと数の優位によってラメンターを圧倒した。ラメンター戦団は散り散りになり、わずかに生き残った者たちも貴重な要塞旗艦の撃沈よりはと降伏を選んだ。ラメンター艦隊のほとんどは撃破されて宇宙を漂流していた。ミノタウロス戦団はその損害の埋め合わせとして、行動不能に陥ったラメンター艦隊と死者の武装の略奪権を主張した。生き残ったラメンターたちはセーガン第二惑星の夜の側の軌道上をまわる監獄船に収監された。彼らは幽閉の間に発狂したと噂されている。終戦までセーガンの軌道上に閉じ込められたラメンター〈戦の兄弟〉の生き残りはわずかに311名。戦闘中に他の場所に派遣されたラメンターは百人未満と推定されている。壊滅的な損害を受けたラメンター戦団は〈分離派〉の戦列から事実上脱落した。ラメンターの喪失は〈分離派〉にとって多大な兵力減少をもたらした。

オングストローム事変(908.M41)

 908.M41、〈忠誠派〉は惑星オングストロームで進行する事態に対応すべく介入を行った。そしてこれはバダブ戦争の中でも重要な作戦のひとつとなった。〈帝国技術局〉の独立主権惑星であるオングストロームは〈渦圏〉東部に位置しており、戦争の間一貫して中立を保って、両陣営の参加要請にも一切応えようとしなかった。いがみあう〈帝国〉諸派閥間の“内紛”に関与する理由は何もないと〈賢人〉は考えていたからである。オングストロームは平時と同様に業務を遂行した。それには、三年ごとに惑星系辺縁部で〈帝国〉代表団に、高度な兵器と精錬された鉱物の“成果”を引き渡すという大昔からの契約が含まれていた。〈賢人〉は、〈帝国〉のどの派閥の代理人が受け取りに来ようと一切干渉しないと公言していた。彼らの関心は契約の義務を果たすことだけというのである。かつて、この契約に基づいて〈渦の番人〉に重要資源が提供されていたので、〈総統〉のしもべたちが引き続きそれを受け取るのに何の不都合もなかった。そこに、レッド・スコーピオンとサラマンダーが秘密攻撃計画を立てた。小規模な精鋭部隊を派遣して破壊工作を行い、〈分離派〉が独立工業惑星オングストロームから“成果”を受け取ることを妨害しようというのである。その結果起こった混乱と破壊の中、オングストローム技術局は自領内での紛争勃発に憤激して、両陣営に攻撃をかけて星系から追い払った。これは〈忠誠派〉の戦略的大勝利となった一方、好戦的なことで悪名高いオングストローム技術局が戦争に関与する理由を与えてしまったのである。彼らは報復としてゲイレンとアイブリスに軍艦と陸軍を派遣したが、〈地球特使〉の調停によってオングストローム技術局への損害賠償が保証されたことで、事態は終息した。慎重を期する総司令官カルブ・クランは予防策としてファイア・ホーク戦団と〈猛禽の王〉機動要塞を追撃艦隊に随伴させて、他の〈忠誠派〉戦団とともに、終戦までの間、星系外縁の通商封鎖を行わせた。

〈忠誠派〉の優位確立(909.M41)

 909.M41までに〈忠誠派〉は〈渦圏〉の〈歪み〉大航路を制圧して、急速な兵力展開を可能とし、反乱を起こした惑星や基地の多くを屈服させた。オングストローム事変の影響は〈総統〉の勢力圏を半減させて〈分離派〉を封じ込め、エンディミオン星団とバダブ星区に分断した。予測不能なエグゼキューショナー戦団の兵力だけが〈分離派〉封じ込め区域の外で〈忠誠派〉支配にとって重大な脅威となっていた。これ以降、大きく戦力と艦艇を減らした〈分離派〉は事実上、いくつかの堅く守られた星団の周辺に閉じ込められ、散発的な襲撃作戦の他は、一連の防衛戦を戦うしかなくなった。909.M41の終わりまでに、〈帝国〉の諜報員の間では、〈総統〉の暴力とパラノイアが悪化しており、まだ自分の支配下にある諸惑星への暴虐もひどくなっているという噂が流れている。
 マンティス・ウォリアー戦団は、ファイア・エンジェルとサンズ・オブ・メデューサの連合軍による〈忠誠派〉の制圧作戦に抵抗するゲリラ戦を戦うしかなくなっていた。トランキリティー、アイブリス、シガードといった星系で散発的な激戦が戦われた。この中で〈忠誠派〉の敗北といえば、ファイア・エンジェルの打撃巡洋艦〈昇る極星〉(ポラリスライジング)が、預言者めいた首席ライブラリアンのアハズラ・レドスに率いられたマンティス・ウォリアーに襲撃された事件がある。彼らはプラズマ主反応炉に損傷を与えて撤退し、二隻のオルクの殺戮巡洋艦(キル・クルーザ)の手に任せたのである。ファイア・エンジェルは忌まわしいグリーンスキンどもに最後まで戦い、殺戮巡洋艦の一隻を沈黙させ、残った敵艦から乗り込んできたオルクに立ち向かった。オルクがファイア・エンジェル艦のデッキになだれ込んだとき、マンティス・ウォリアーは大損害を受けていたオルク軍を脇から奇襲して全滅させた。生き残った37名のファイア・エンジェルはシガード第六惑星に座礁して、生き残りの施療師とメド・サーヴァイターの治療を受けた。一方で打ちのめされた〈昇る極星〉はマンティス・ウォリアーに戦果として持ち去られたのである。
 野蛮なエグゼキューショナー戦団は〈忠誠派〉の警邏部隊と輸送船団にとって悪夢であり続けた。また、無数の拠点と監視基地も破壊していった。43隻の商船と11隻の軍艦が拿捕されるか撃沈されたのである。また、ベレロフォンズ・フォールとカイロへの長距離襲撃行も敢行した。〈渦圏〉南部では荒ぶるミノタウロス戦団に挑戦し、クロウズ・ワールド星系の無大気の衛星ユージールで激しい戦車戦が戦われた。エグゼキューショナー戦団の策源地の位置は〈忠誠派〉には不明のまま推移したため、エグゼキューショナーは意のままに襲撃を行い、レッド・スコーピオンとミノタウロスに戦いをしかけることで、〈忠誠派〉の輸送をおびやかし、〈忠誠派〉の戦果を損耗させた。909.M41の末頃、〈渦〉の〈分離派〉は大半が封じ込められていたが、戦争自体は終結にはほど遠かったのである。
 〈忠誠派〉は、戦争の次の段階は特に血塗られたものになるだろうことを悟っていた。容赦の無い惑星浄化、焦土戦術、惑星を壊滅させる攻略戦の時期になるだろうと。すみやかな勝利を確実なものにするのであれば、そうした作戦の準備と増援には長い時間が必要であった。しかし、総司令官カルブ・クランとその幕僚たちは、攻勢までにあまり長く待つことはできないことを知っていた。というのも、一日延びればそれだけ〈分離派〉が堅く守りを固めて消耗を強いる余裕が増えるからである。クランは、ルフグト・ヒューロンに軍を再建し、作戦を立て、準備をさせてはならないと考えていた。

(続く)

インペリアルナイト小景

 ブロム・グリフィスは〈機械の御座〉*1に深く座った。籠手を肘掛けにどっしりとかける。青銅色の強化単眼鏡が短焦点を結び、周りを取り囲む灯火をくっきりと映し出した。ローブが落ち着くと、宗家の黒龍紋が蒼白い上衣の色を隠し去った。
 ゆらめく暗闇の間から、数多くのグリフィスの家紋と印章が見つめ返す。無人の〈御座〉が円形の広間の縁にぐるりと並び、座主もなく冷たく沈黙している。全てが重々しかった。〈交神堂〉*2の冷気、暗闇、そして威圧的なバロック様式の石造建築の全てが。窒息しそうな息苦しささえ感じる。この、自分が治めながらも、儀式によって生きながら埋葬され、アダマンチウムで造られたこの陰鬱な城塞の奥底では。ブロムは鉄の酒杯から〈血酒〉を一口飲んだが、心にかかった棺覆いを払うことはできなかった。宮廷の社交、豪奢な鎧、紋章、金縁の贅沢品。城塞のあらゆる場所を飾り立てるそれらと同様に。
 〈儀式〉を受けてより四百年経ったが、今でもわずかな細部まで思い出せる。夜半、汗にまみれ、手は震え、両目を見開いて飛び起きるとき、アヌリーズの指が触れ、何を思いだしたかをたずね、そしてブロムが聞きたい言葉をささやいてくれる。そして、おののきが去るまで待って、生体移植機器がもたらす代償を忘れる助けになってくれる。身に刻まれた戦いの傷跡を指でなぞりながら、戦士の誇りを思い出させてくれるのだ。
 ブロムは冷たく笑った。アヌリーズでさえ、宗家の心奥に激しく燃えさかる魂を持つことにかけては、自分と変わりはない。この何百年もの歳月の中で、より危うさを研ぎ澄ましたのは、あるいは彼女かもしれない。それは解きがたい問いだった。戦いのただ中で問われるのは機械操縦の腕だけではないのだ。
 そっと酒杯を置いた。本能から、ブロムは変化の到来を感じたのだ。〈御座〉が語りかけ始める・・・・・・最初はささやき、やがて奔流のごとき声。最初の頃に感じた、興奮と緊張の混じる感情は、今はもうない。魂は亡霊のごとき先祖のそれと混淆し、硬く、鋭くなったからだ。少なくとも今、目覚めているときに感じるものは、ただ、鉄の甲殻を求める飽くなき欲求のみ。眠れる神、戦いを駆けぬけるさなかにあっても決して分かたれることのない魂の半身への望みだけだ。周りにゆらめく灯火が消え、プロメジウムの注入管がバチバチと音を立てる。あたかも見えざる手に押さえつけられているかのように。早鐘を打つ心臓を感じる。硬く引き結ばれた唇がわななき、指は〈御座〉の肘掛けを握りしめた。

“声を聞いた”

 開放ピストンが引かれ、足もとの床が震動する。ブロムは頭を〈御座〉の背もたれに押しつけて目を閉じた。襲いかかる蛇のように神経同期ケーブルが飛び出して折れ曲がり、ものものしいダイヤモンド製の接続端子をむき出しにする。そしてつながりあい、鉄製の編み束になってブロムの頭蓋に堅く巻き付いた。するとすぐさま、果てしない雑話が始まる。ほとんど判別できない声と、いにしえの戦争の響きが。それは、心を注入された鉄と鋼の重なりに埋め込まれた、機械意識の深い鼓動なのだ。
 〈御座〉の周りの敷石が持ち上がり、その下の金属の蝶番をあらわにする。広間に荘厳なクラクションの鈍い音が響く中、光線が渦を巻いて放たれる。グリフィス宗家の派手派手しい紋章にかたどられた背後の壁が、塗油されたレールに沿って覆い被さった。硬いガチャリという音とともに、牽引索が固定される。

“ようやく生き返るのだ”

 震動とともに、〈機械の御座〉全体が揺すぶられ、回転し、そして滑り始めた。移送トンネルを落ちていく間、ブロムは腹の底に疼きを感じた。見かけの豪奢さをあとにして、城塞深奥の暗き背骨に向かっていくのだ。太古より存在する数知れぬ鉄の通路。それは聖なる地球で鍛えられた金属でできていると伝わっている。〈機械の御座〉は毎秒数百メートルの高速で落下し、ブロムの血液は頭にのぼり、ローブはめくれて鎧の上ではためいた。
 ブロムは、接続された心の中で大きさを増す声を聞きながら、手を硬く握りしめた。ターミナル・ハッチを瞬時に通り過ぎると、格納された背甲*3が眼下に見えた。隆起と兵器に彩られたそれは、まるで鋼鉄の月世界だ。その上部にあるコックピットはすでに開放されており、やわらかな赤色で輝いて・・・・・・誘っていた。
 ガシャンという音がこだまをひき、〈御座〉は定位置に収まった。背甲の天井が覆うように閉じ、クラクションの音を遮断した。
 いつものように、一瞬、自分がどこにいるのか混乱する。その刹那に〈御座〉は接続を済ませる。シャフトがソケットに挿入され、腕金が固定され、電力が火花をあげて注がれるのだ。巨機は身震いし、瞬く間に生命を宿らせた。このうたかたの惑いの瞬間にいつも、ブロムは自らを疑う。名を忘れ、己が誰なのかも、なぜこうしているのかもわからなくなる。そして次の瞬間、エンジン噴射に裂き散らされる雲海のごとく、全てが腑に落ちるのだ。

“己を取り戻した”
 ブロムの両目は、開いたときにはもう巨機の光反応式視認機器と連動している。その身体は、鋼鉄の途方もない筋肉とアダマンチウム製の皮膚と同調している。腕をあげれば、はるかな眼下で巨大なチェーンブレードが構えをとる。ひとつひとつが人間ほどの大きさもある機械部品が、命を吹き込まれてうなりをあげるのだ。正面を見ると、今や巨機と一体化した両目を通して、巨怪のごとき両開きの扉が開け放たれている光景が広がる。〈超克堂〉*4の隆起の多い床が蒸気を吹き上げた。ブロムは、召使いたちがあわてて進路から走り去るのを目の端にとらえたが、ほとんど気にすることはなかった。人間としての次元に縛られているときなら、あるいは下僕たちの見分けがついたかもしれないが、戦争の巨獣の脈打つ心臓に組み込まれた今となっては、彼らはまるで別の種族のようだった。
 大扉を通ると、惑星ドラゴンズ・エンド*5の群青色の空が広がっていた。地平線には集まる雲は、神聖な使命のためブロムを宇宙空間に運ぶ〈工業船〉*6の降下を示していた。
 巨機のイオン・シールドがバチバチと音を立てて起動した。背甲の最終封印が音を立てて固定された。単眼鏡の画面には神聖文字が流れ、二進法とゴシック語で神秘的なデータの束をブロムに伝達した。内奥で機械意識が目を覚ました。広大で無慈悲、檻を打ち破って再び自由の身になろうとする存在が。
 ブロムは何も言わなかった。もはや言う必要すらなかったからだ。機械と自分は一心同体。記憶に匹敵する強さの技術魔法の絆が互いを結びつけているのだ。古き渇いた精神がブロムの心に襲いかかり、砕け散ってうなり声をあげた。それは過去よりの魂の叫び声、絶え間なく身の自由と虐殺への欲求にかられ続けるものたちだ。しかしそのたたきつけるような渇望は、ブロムの心には映らない。感じるのはただ、生命のみ。

『歩け』

 ブロムは最初の命令の思念を、精神伝送機を通して送った。すると耳を聾する戦の角笛が鳴り響き、〈騎士〉は再びの第一歩を踏み出した。

*1:Thone Mechanicum。インペリアルナイトの操縦席

*2:Communion Dome

*3:Carapace。インペリアルナイトの胴体部分。

*4:Vault Transcendent

*5:グリフィス宗家の本星たる火山惑星。

*6:forge-ship。帝国技術局の宇宙船

バダブ戦争(承前)

ミノタウロスの憤怒(907.M41)

 悪名高く、艦隊を根拠地とする強力なミノタウロス戦団が、907.M41中頃に完全戦力で〈渦圏〉に到着した。彼らは〈分離派〉が支配する惑星カイロの採鉱施設に全戦団で強襲をかけると、駐留していた46000名の〈総統兵団〉と採鉱設備を殲滅して、その名を轟かせた。その後おもむろに、ミノタウロス戦団は代表を乗せた船を〈忠誠派〉の軍議に送って、正式な参戦を表明したのである。暗い名声のつきまとう戦団長アステリオン・モロクは自戦団に残って〈蒼白の星々〉に襲撃をかけ、この星域内の資源産出拠点を占領ではなく壊滅させることで、〈分離派〉の補給源を絶とうとした。ミノタウロス戦団は全体的な戦略決定権は、この戦争で先任にあたる〈忠誠派〉の軍議に委譲したものの、指揮系統に対しては意図的に超然とした態度をとり続け、他の戦団からも距離を置いた。また、総司令官カルブ・クランとその幕僚よりも、〈異端審問庁特使〉の権威に従うことがしばしばであった。この隔意は、軍議に参加するミノタウロス戦団代表の態度によく現れていた。不気味で寡黙なアイヴァナス・エンコミは、その赤く縁取られた眼で全てを観察しながらも、会議でほとんど発言することはなかった。ミノタウロス戦団長アステリオン・モロクがこうした軍議に直接参加することは一度もなく、彼がバダブ戦争で活躍したことを示す唯一の証拠は、戦闘記録映像から回収されたフッテージと、ミノタウロスの荒々しい攻撃から生き残った数少ない〈分離派〉諸兄の広めた恐怖譚だけである。
 ミノタウロス戦団がやってきたのは、〈分離派〉に立ち向かう〈忠誠派〉戦団を増強しようとする〈異端審問庁特使〉の要請によるものだった。この野蛮な戦団の到着は〈忠誠派〉からは控えめな歓迎を受けたが、その精強さが〈帝国〉の陣営に加わることを拒否できる者はいなかった。四年目に入った戦争に全兵力をもって参加したミノタウロス戦団は、十個中隊と十一隻の主力艦から成っていた。この戦争を通してほとんど独立行動をとった彼らは、〈渦圏〉南部で、〈蒼白の星々〉や〈ディーン辺境星域〉といった地域で、自分たちが是とする目標を叩いた。三十以上の〈分離派〉支配下の惑星と基地を攻撃するだけでなく、それまで看過されていた独立拠点にも襲いかかった。抵抗した者を皆殺しにするこの戦団の冷酷さの評判はすばやく広がり、野蛮さでその上をいくカーチャロドン戦団の到着まで、その悪名において誰一人としてかなう者はいなかった。
 この地域でミノタウロスの進撃を止められそうな者は、エグゼキューショナー戦団の軍艦と打撃部隊だけだった。両戦団はその対決を血塗られたスポーツかなにかのように楽しんだ。この年の残りの期間、ミノタウロス戦団は〈忠誠派〉にとって大勝利を幾度もおさめ、クロウズ・ワールドとラーサの〈総統兵団〉を滅ぼし、アストラル・クロウを撤退に追い込んだり、彼らが支配する惑星を孤立させてひとつひとつ荒廃させたりしていった。ミノタウロスが到着してわずか四ヶ月で、その軍勢によってもたらされた二次的な被害によって、〈蒼白の星々〉の人類人口は20パーセント以上も減少したのである。907.M41が終わるまでに、〈分離派〉の軍勢はいくつかの重要星系から追い出され、甚大な損害をこうむった。〈渦圏〉北中部では、アストラル・クロウ戦団に対してサラマンダーとファイア・エンジェルの両戦団が挑んだ戦いがゲイレン星系で起こり、まもなくこの星系は〈忠誠派〉の手に落ちた。さらに〈分離派〉にとって大敗が続いた。ミノタウロスとレッド・スコーピオン戦団の猛攻によってヴァイアナイアがついに陥落したのである。ルフグト・ヒューロンはこの惑星の放棄を余儀なくされ、わずかな〈総統兵団〉が取り残された。包囲された防衛軍のただ中に〈死の天使〉たちが舞い降りると、終末はすばやく荒々しいものだった。夜明けまでに〈忠誠派〉の手によって〈総統兵団〉は最後の一人に至るまで殺戮されたのである。

サイグナクスの掃討(908.M41〜910.M41)

 908.M41の初頭、異端審問庁のエージェントは、〈ゴルゴサの荒野〉からやってきて〈異端技術〉を発掘する反逆者たちが、アストラル・クロウ戦団に協力している証拠をつかんだ。彼らは死滅惑星サイグナクスに埋もれた兵器を復活させようとしていたのである。サンズ・オブ・メデューサ戦団の任務部隊が、新たに参戦したエクソシスト戦団の支援を受けて、使命を遂行した。主力を担ったサンズ・オブ・メデューサは〈総統〉の軍勢を一掃するべく徹底的な作戦行動を行ったが、その進め方について、両戦団の間に不和が生まれた。というのも、サンズ・オブ・メデューサは敵を打倒するよりも、独自の謎めいた目標の遂行のように関心があるようだという告発がなされたからである。まもなくエクソシストはセーガン星系攻略のために再配置され、サイグナクスの脅威を除去する役目はサンズ・オブ・メデューサだけに任されることになった。

第二次セーガン会戦(908.M41)

 第二次セーガン会戦は、908.M41に行われた大規模な惑星攻略作戦であり、〈分離派〉をセーガン星区の要塞から追い出した。強襲は〈忠誠派〉にとってバダブ戦争における過去最大級の連携作戦であった。攻勢に参加したのは、ファイア・エンジェル、レッド・スコーピオン、エクソシストの各戦団から成る大兵力に、サラマンダー、ラプター、ノヴァマリーンから引き抜かれた強襲専門の特殊部隊であった。〈分離派〉は戦略上最重要なセーガン星系を放棄するより、あらゆる代償を支払って守り抜くことを選択した。戦闘は極めつけの死闘となった。セーガン第三惑星の地表から〈忠誠派〉を追いはらうか、あるいは敵に利用されないよう地表そのものを滅ぼすかを迫られたアストラル・クロウは、ウィルス兵器を使用して数万の惑星人口を殺戮した。しかし大量破壊兵器の使用によって、〈分離派〉自身の戦列に大きな穴があくことになる。ファイア・エンジェルは戦団の全兵力を派遣して〈忠誠派〉の最前線に立ち、自殺攻撃を敢行してまで惑星から敵を追い払おうとするアストラル・クロウの絶望的な抵抗の前に、勇敢に犠牲を払っていった。この戦役は、一回の戦いとしてはバダブ戦争で過去最悪の損耗率となり、星系内での無益な反撃によって何隻もの〈分離派〉主力艦が沈んだことでも知られる。
 セーガン星系の攻略は、戦争の大転換点となった。この星系は〈忠誠派〉の手に落ちた後、〈渦圏〉における〈帝国〉の根拠地となり、この地域に入る安定した〈歪み〉大航路を確保して、そうした航路を敵が使えないようにした。この戦役の直後に、セーガン第三惑星はサーングラード救援の補給基地となって、エンディミオン星団制圧作戦の開始を支援した。この〈忠誠派〉の進撃は事実上、残存するマンティス・ウォリアー戦団を防戦一方に追い込み、バダブ星区と〈分離派〉の友軍から孤立させることになった。第二次セーガン会戦の後、〈渦圏〉は二つの地域に分断された。すなわち、エンディミオン星団と未だ堅く防衛されているバダブ星区である。これ以降、〈分離派〉はエグゼキューショナーとラメンター戦団の艦隊が実行する通商破壊と襲撃作戦しかできなくなっていく。
 バダブ戦争の継続が〈帝国〉におよぼす脅威以上に、このころ〈極限の宙域〉の安全保障がオルクの大軍勢によっておびやかされていた。銀河の東部辺境宙域で複数の〈大進撃!〉が勃発したのである。セーガンの勝利の後、〈分離派〉の封じ込めに成功したと判断した〈忠誠派〉は、戦場で消耗した戦団をグリーンスキンどもの脅威に対処させるべく再配置した。この再配置には、ノヴァマリーン、ラプターハウリンググリフォンの各戦団が含まれていた。彼らは〈帝国〉全体を見すえた戦略的再配置の一環として、ひとつずつバダブ戦争から引き上げていった。そして、〈太陽の宙域〉の予備艦隊が〈忠誠派〉の援軍として派遣された。

(続く)

バダブ戦争(承前)

ヒューロンの罪の暴露(907.M41)

 サーングラード極地要塞攻防戦の最中に捕らえられたアストラル・クロウの施療師が、異端審問庁によって尋問されたことで、衝撃的な事実が明らかになった。この捕虜は実際には起源から何から何までアストラル・クロウではなく、大昔に滅びたと考えられていたタイガー・クロウ戦団だったのである。アストラル・クロウ戦団の慢心は、大昔に滅亡した後継戦団の生き残りを密かに編入することで、〈渦〉を平定し、人類の敵を永遠に葬り去るべく、太古のスペースマリーン兵団に匹敵する兵力まで戦団を増強しようとするルフグト・ヒューロンの夢につながっていたのだった。〈帝国〉の学匠たちによれば、アストラル・クロウ戦団は、タイガー・クロウの最後の生き残りを受け入れたときに、心の奥底に毒牙を打ち込まれ、それが彼らの失墜につながったのだという。こうして、さらなる容赦の無い徹底的な尋問手法が極秘裏に実行に移されるとともに、〈戦闘者〉と異端審問庁の合同による〈渦〉内での秘密捕獲作戦が次々と決行された。まもなく集まった証拠から、百年以上にわたってアストラル・クロウ戦団とルフグト・ヒューロンによって推進されてきた、前代未聞の恐るべき異端が明らかとなった。
 〈総統〉が、戦団の遺伝種子の貢納を滞らせたのは、損害の埋め合わせのためではなかった。それは、絶滅寸前の血縁であるタイガー・クロウ戦団の生き残りを救うためであった。彼らは秘密裏にアストラル・クロウにかくまわれていたのである。やがてルフグト・ヒューロンは〈戦いの聖典〉で定められたレベルを超えた戦力増強を志すようになった。バダブ戦争開戦の少なくとも百年前には、増長したアストラル・クロウは密かに太古のスペースマリーン兵団に匹敵する軍勢に変容しようとしていた。もともとヒューロンに〈帝国〉への叛意はなく、〈渦〉を掃討して、皇帝陛下の名のもとに人類の新たな生存圏を築き上げようとしたのである。
 発覚を怖れて、開戦前、〈総統〉はアストラル・クロウの分遣隊を〈総統兵団〉の中に教導要員として潜ませた。バダブ星区の貧弱で腐敗した惑星防衛軍の粛正と強化にあたらせるという名目である。しかし現実には、〈兵団監督官〉たちはあらゆる点で防衛軍の指揮官として活動した。このペテンは成功し、詮索の眼から〈総統〉の拡大する戦団の本当の人数を隠しおおせた。バダブ戦争が〈渦圏〉全体を燃え上がらせると、このペテンは白日の下にさらされた。〈総統兵団〉の真の指揮官たちは忠実に〈総統〉に従い、彼の領域に挑戦する者に武器をとって立ち向かったからである。さらなる隠密調査によって明らかになったのは、アストラル・クロウの施療師たちはザイゴット器官の急速な生産を目指す異端の実験を行ったということである。ほとんどは失敗に終わったが、貢納されなかった遺伝種子を利用することで、アストラル・クロウ戦団は約3500名もの〈戦の兄弟〉たちを擁するまでに至っていたのである。

カイマラの惨劇(907.M41)

 907.M41初頭に〈忠誠派〉が被った惨敗は、この戦争で最も血塗られた年を象徴していた。エグゼキューショナー戦団の大部隊が〈渦圏〉に到着して、ただちにカイマラ星系を襲撃したのである。彼らはカイマラ星系の衛星群に築かれていた〈忠誠派〉の拠点や監視施設、星間逓信基地を一撃で破壊した。カイマラ星系に駐留していたハウリンググリフォン戦団の部隊は数で圧倒され、必死の防戦にもかかわらずひとつまたひとつと拠点が落ちるにつれて、甚大な損害を被った。
 ハウリンググリフォンは、視認の難しい区画からの容赦の無いエグゼキューショナーの猛攻撃によって、教科書通りに壊滅させられた。ハウリンググリフォンの陣地が塵芥に覆われた無大気の衛星の地表で蹂躙される中、包囲された戦友を鼓舞する役目はドレッドノート教戒官タイタスにゆだねられた。周囲に渦巻く炎にもひるむことなく、比類の無い信仰心をもって、尊敬を集めるドレッドノート教戒官は絶望的な反撃を行い、その長きにわたった命とひきかえに、戦団が再結集して効果的な防衛戦を行える貴重な時間をもたらした。エグゼキューショナー戦団が最終的に戦場から撤退した後、生き残ったハウリンググリフォンたちは、敵がタイタスの栄光ある自己犠牲に敬意を表していったことを知った。彼の砕かれた棺の周りには壊れた武器が環状に並べられ、戦団の折れたる軍旗は斃れた戦闘機械の生命なき拳に握られていたのである。尊崇されたドレッドノート教戒官タイタスの死は、ハウリンググリフォンの戦意に鉄槌のような一撃をもたらした。
 カイマラ星系の防備と監視基地が破壊されたことで、エグゼキューショナー戦団は戦闘の主目標を達成した。彼らはこの優位を利用してハウリンググリフォンの拠点を徹底的に破壊することができたはずだが、七割もの損耗を出したハウリンググリフォンの駐留部隊を残して、突如として謎の撤退を行った。この顛末にルフグト・ヒューロンは大いに不満だったが、エグゼキューショナー戦団の指揮官である大教戒官サルサ・ケインの短気な性格を考え、公式な抗議を行うことなく、〈分離派〉陣営への参加を歓迎した。甚大な損害を受けたものの、ハウリンググリフォンの残存部隊は〈忠誠派〉への義務を放棄することを拒んで奮闘を続けた。彼らが正式にこの戦争から離脱するのは909.M41のことになる。

予期せぬ敵の襲来(907.M41中頃)

 〈渦圏〉を席巻する無秩序に乗じて、〈渦〉の広がりの中に根拠地を置く海賊や異種族の襲撃が劇的に増加し、907.M41にはピークに達した。バダブ戦争の間、こうした無所属の勢力による被害を最も受けたのは〈分離派〉であった。カラハ星系からはき出されたオルク海賊の大艦隊は、エンディミオン星団とバダブ星区をつなぐ〈分離派〉の補給戦団を襲撃し、ついにはエンディミオンに拠点を置くマンティス・ウォリアー戦団そのものに攻めかかった。二万を超えるボゥイの大軍がこの惑星の貧弱な守備隊を虐殺しようと襲いかかったことで、マンティス・ウォリアー戦団はエンディミオンを守るため前線から撤退せざるをえなくなった。そして惑星をかけてオアレラの塵埃平原でオルクに機動戦を挑んだのである。この星団をおびやかすオルクと同じくらい深刻な脅威となったのが、荒廃惑星マゴグに居をおき、ディーモンに汚染された海賊教団の拡大であった。実際、その勢力増大がオルクを突き動かしたのである。〈分離派〉は、以前に実施された究極浄化作戦のしこりが〈渦の番人〉の間に残ってはいたものの、地獄と化したこの惑星への直接攻撃を余儀なくされた。ヒューロン麾下で屈指の戦闘指揮官であるコリエン・スマトリスがアストラル・クロウの大戦艦を率いてマゴグへの攻撃を指揮した。アストラル・クロウ戦団二個中隊とラメンター戦団のターミネーター部隊が、いまだ増大中だったこの脅威を刈り取った。〈総統〉は、マゴグで成長する脅威を放置すれば二正面作戦の愚を犯すことになると悟っていたのである。この戦いは多大な死傷者を出したが、そのおかげで、続いて新たな敵が参戦したそのとき、〈分離派〉はその側面を強化することができたのである。

(続く)