公子戦争

「公子戦争」は、ローマ崩壊後の相対的平和期であった「長き夜」に続いてカイン人のあいだに巻き起こった未曾有の戦乱の時代のことです。

ヨーロッパ各地でのさまざまな紛争が次第に緊張を煽り、乱世へと導いていったのですが、その中でも最大のインパクトを与えたのがトレメールによるサウロットへの不凋花(Amaranth)でした。この事件の直後から、突如として世界各地で長い間眠りについていたメトセラが目覚めだし、積極的な活動をはじめたのです。代表的なメトセラとしては:

・ヴェントルーのミトラス
 ローマ時代を通じて休眠していましたが、1066年の「ノルマン・コンクエスト」と時を同じくして目覚め、ロンドンの公子となり、イングランドとフランスに住むヴェントルーを自らのもとに糾合しました。

・アサマイトのカリフ・ジャマル
 1096年、エルサレムが十字軍によって陥落した直後、ジャマルは目覚めて東地中海地域のアサマイトを糾合し、十字軍とともにやってきた西欧のカイン人を追い返す活動を開始しました。

ラソンブラのモンターノ
 ジャマルの反撃に対応するかのように、長年ラソンブラ・アンテデルヴィアンの眠りを守ってきたメトセラ、モンターノは、イベリア半島からイスラム勢力を駆逐するべくラソンブラ氏族を動かし始めました。

・ヴェントルーのハルデシュタット
 神聖ローマ帝国(ドイツ)の東方進出を助け、東欧のツィミーシィの領地を侵食し始めました。最大の成功がチュートン騎士団によるバルト海沿岸征服でした。

トレアドールのサリアンナ
 英国でのヴェントルー台頭におそれをなしたかのように、フランスのトレアドールはパリのヴェントルー公子アレクサンデルへの支援をとりやめました。

 このほかにも、カッパドキアンのヤペス、ツィミーシィのヨラクといった強大なメトセラが動き出しました。彼らは比類なき影響力を発揮して、小国分裂状態にあった公子たちをまとめあげ、強大な夜の王国をそれぞれ建設しました。

 そして、こうした緊張に着火したのが、1204年の第四回十字軍による帝都コンスタンティノープル陥落だったのです。

 フランス騎士とヴェネツィア商人によってなされたコンスタンティノープル略奪は、かつてのカイン人の都の栄光を再現しようとしたトレアドールメトセラ、ミカエルをはじめとする強大なメトセラたちを滅ぼしました。

 偉大なる「新ローマ」は灰燼に帰し、その輝きは永遠に失せました。カイン人たちはこの破滅を避けるためありとあらゆる手を打ちましたが、十字軍の侵攻を止めることはついにできなかったのです。

 この都の陥落は、カイン人にとって二つのことを意味していました。

 家畜であった人間が、とうとうカイン人の手にあまるようになったこと。それはカインの予言した終末の前触れに他なりませんでした。

 そして、当時最強であったメトセラ、ミカエルまでもが滅ぼされたということ。それはもはやどんなカイン人であっても安全ではありえないということでした。

 かくして、強力なヴァンパイアたちは、自らの保身のため、敵対勢力を倒し、少しでも安全な環境に身を置こうとあらゆる手段を用いて積極的に動き始めました。

 これが、公子戦争の始まりでした。

 公子戦争における激戦地は以下の通り。

・東方辺境
 トレメールとツィミーシィの抗争「凶兆戦争」(Omen War)が熾烈化。トレメールは血の魔術を対価に各方面に同盟を求め、圧倒的ながら孤立主義のツィミーシィに対して善戦中。ドイツとハンガリーのヴェントルーはこの機をとらえて東方進出を画策。ノスフェラトゥやギャンレルの存在も混乱に輪をかけています。噂では他のメイジも参戦しているとか。

・十字軍
 聖地奪還十字軍だけでなく、南仏異端派討伐のアルビジョワ十字軍、バルト海地域へのチュートン騎士団進出、といった聖戦が実行されたのでカイン人は侵攻側と防衛側に分かれてしのぎを削っています。

・異端審問vsカイン異端派
 教会では異端審問会が発足しました。アルビジョワ十字軍にはじまる異端派撲滅運動は、カイン人の多くにとって長年の障害であるカイン異端派の討伐に矛先が向こうとしています。しかしカイン異端派は灰白僧たちや人間の教会に深く浸透しており、攻撃は容易ではありません。

・影のレコンキスタ
 ラソンブラはイベリア半島キリスト教徒とイスラム教徒に分かれて争っています。キリスト教側が優勢で、すでにイスラム側の残る都市はグラナダだけになっていますが、氏族の分裂は覆うべくもなく、まもなくアンテデルヴィアンが事態収拾に動き出すという不穏な噂も流れています。

 また、賤しき氏族らが貴族領主権力のおよばない都市部や荒野で次第に力をのばしており、無視できない勢力に成長しつつあります。プロメテウス派や熱狂党の存在は、公子戦争の中でキャスティングボートを握るかもしれません。

 公子戦争における主要列強は以下の通り。

▼黒十字領(Fiefs of the Black Cross)
 ヴェントルーのメトセラ、“黒き帝王”ハルデシュタットの統べる宮廷。狼憑きの住む「黒き森」をのぞく神聖ローマ帝国(ドイツ)全域を勢力下に置いています。
 腹心であるユルゲン大公のもと、東方征服が進行しており、東欧でトレメールと戦うツィミーシィの領土を蚕食しています。ユルゲン大公は1225年にツィミーシィに大敗を喫しましたが、ミュハ・ヴィコスの協力で危地を脱しました(ヴィコスさん、また妙な動きを……)。
 一方、ハンガリーのヴェントルーたちはハルデシュタットに屈服していないため、緊張関係にあります。
 近年、ハルデシュタットは「血の沈黙の掟」(後の仮面舞踏会)を守るよう臣下に厳命しました。これには反発する者も多いようです。

▼アヴァロン連合(Baronies of Avalon
 ヴェントルーのメトセラ、ミトラスの統べる宮廷。イングランドスコットランドの一部、フランスのアキテーヌ地方を勢力下に置いています。
 “連合”を銘打たれているのは、ロンドン公子ミトラスに対して、他の公子たちが協力する、という形で体制が成立しているからです。ミトラス自身は自分を神と信じる戦士教団以外の戦力を理論上は持っていません。が、公子たちをこの教団に引き入れることで、ミトラスは権力を固めています。
 ミトラスは東欧での戦争でツィミーシィに肩入れしており、このためドイツのハルデシュタットと剣呑な関係にあります。また、フランスのカイン人との関係も英仏関係が悪化するにつれて悪くなっています。
 国内では賤しき氏族ら草の根の活動が次第に脅威になりつつあります。とはいえ、アヴァロンはもっとも富裕な宮廷であることは確かです。

▼愛の宮廷(Courts of Love)
 トレアドールメトセラ、サリアンナが統べる宮廷。西フランス全域を掌握しています。
 ここはもともと理想化された騎士道を奉じ、実践するカイン人たちの組織として始まりました。一部は十字軍とともに聖地奪還におもむきましたが、残った者たちはアーサー王伝説さながらの騎士道と宮廷恋愛の社交界を築いたのです。ヨーロッパじゅうからこの雰囲気に惹かれてカイン人たちが集まりました。
 しかしここも政治と無縁ではありませんでした。特に、メトセラのサリアンナが「大妃」(Matriarch)として目覚めると、愛の宮廷の政治力を自分の保身に利用しようとするカイン人らが次々とすり寄りました。そして、サリアンナはパリの公子アレクサンデルを放逐して権力を確立しました。
 サリアンナはハルデシュタットと協力してこの乱世を乗り切ろうとしています。一方、アルビジョワ十字軍を機に南仏ツールーズの女王エスクラルモンが独立を画策しており、イベリアのラソンブラの関与が疑われています。

▼影の海(Sea of Shadows)
 ラソンブラのメトセラ、モンターノ(そして彼が仕えるアンテディルヴィアン)の統べる宮廷。地中海沿岸全域をその勢力下に置いていますが、モンターノは父のこと以外関心が薄いため、「影の海」のラソンブラ公子たちはおのおの独立君主のように振る舞っています。
 特にイベリアでのキリスト教徒とイスラム教徒の対立はのっぴきならない事態に発展しています。イベリア大公デ・ルイスと彼の子である大司教モンカーダの指導のもと、イベリアからイスラムラソンブラと同盟者であるアサマイトを放逐しようという活動は成功裏に進んでおり、氏族内戦を助長しています。
 一方、イタリアでは異端派と独立君主が混沌とした乱世を作り出しており、モンターノの権威には口先だけしか忠誠を表していません。
 さらに、第四回十字軍とともにコンスタンティノープルを攻め、公子におさまった異端の徒アルフォンソとデ・ルイス大公との同盟は、不穏な影を氏族に落としつつあります。

 貴族封建制度による王国ではない勢力の代表は以下の通り。

▼オベルトゥス教団(Obertus Landholds)
 かつてビザンチン帝国に君臨するツィミーシィたちとレヴナントによる修道会だったオベルトゥス会は、コンスタンティノープル陥落とともにヨーロッパ全土に拡散しました。現在は、各地の修道会と地下組織のネットワークを構築して、メトセラ・ドラコンの名のもと、隠然たる勢力を有しています。
 特に、トランシルバニアでは、会員であるミュハ・ヴィコスがハンガリーとカルパチア地方を隔てる緩衝地域を掌握して、「凶兆戦争」で重要な役割を果たしています(大活躍♪)。このほか、バルカン半島バルト海沿岸にもオベルトゥスの版図が築かれています。
 軍事的には弱体なものの、オベルトゥスは深いオカルト知識と外交能力で使節や顧問として公子戦争で活躍しています。

▼ヴォイヴォド諸邦(Voivodates)
 遙か昔からツィミーシィは東欧の蛮地を恐怖で支配してきました。長年のあいだ、覇権をめぐって悪鬼たちは内戦を続けてきましたが、今は共通の敵トレメールに対して戦いを挑んでいます。これは、彼らが外界に目を向けたはじめての事態です。

▼イタリア都市国家群(City states of Italy)
 ローマ崩壊後、イタリアは各都市に分裂しました。カイン人もまた分裂し、今では都市ごとにギルドや商会、有力豪族などへの支配権をめぐって隠れた戦いを展開しています。彼らイタリアのカイン人たちはどの宮廷からも独立した存在であろうとしていますが、ドイツ、フランス、イベリアの宮廷はそれぞれイタリアに嫉視と羨望の目を向け続けています。また、カイン異端派はイタリアでもっとも猖獗を極めており、情勢はどこをとっても不安定です。

▼真夜中の三日月地帯(Midnight Crescent)
 聖地と地中海沿岸のイスラム圏は、ヨーロッパのカイン人にとって人跡未踏の地域です。奇怪な種族とアンテディルヴィアンが潜むという伝説を恐れて、ほとんどの者がこの地域に足を踏み入れようとしません。結果、無知と無理解によって、キリスト教圏とイスラム教圏のカイン人のあいだには抜きがたい偏見と緊張が築かれてしまっています。

……これで第一章「Dark Age」は読了です。