バダブ陥落

沈黙の戦い(912.M41)

 ピレアウス星系への侵攻失敗にまつわる波乱に満ちた出来事と、エグゼキューショナー戦団の動向が不明になったことから、バダブ戦争は予断を許さない新たな時期に入った。〈分離派〉は開戦後最悪の状況にあったが、〈忠誠派〉も直近の戦いによって被った甚大な損害のために決して良い状態ではなかった。敵の弱点をついて大攻勢をかけられる立ち位置にはなかったのである。ピレアウス侵攻から912.M41の中頃までの間は〈沈黙の戦い〉と呼ばれており、数百もの小競り合いが発生したものの、その多くは報告もされず知られることもなかった。〈分離派〉の領域は分断されたものの、〈渦圏〉は全くもって鎮定されたとはいえず、わずかにミノタウロスとサンズ・オブ・メデューサ戦団から成る〈忠誠派〉分遣隊が駐留することによって、〈帝国〉の補給線が維持されていたにすぎなかった。
 〈忠誠派〉大本営に属する帝国防衛軍と異端審問庁の軍勢が薄く広がってしまったために、〈蒼白の星々〉の地域は無政府状態に陥り、ゲイレン星系もまた同様の内戦に屈してしまった。まもなく〈忠誠派〉大本営は、〈総統〉の軍勢が、アイシンやデカバルスといった諸惑星の防衛を解いて見捨て、バダブ星系にしりぞいたという報告を受けた。事態がさらに混迷の度合いを深めたのは、〈総統兵団〉のいくつかの軍勢およびアストラル・クロウ戦団の一部が主君を捨てて完全に無法者と化し、〈渦圏〉に逃げ込もうとしたときであった。その一方で再び海賊と異種族が西部と南部で散見されるようになった。危険な荒野地域に薄く広がってしまった〈忠誠派〉は今や、行動の予測のつかない複数の敵に直面することになった。もし〈忠誠派〉が戦略的主導権を握らなければ、紛争は地域全体に広がって、その鎮圧に何百年もかかる可能性があった。
 負傷したが未だ健在な最高司令官カルブ・クランは、ヴァイアナイア星系に新たに建設された〈帝国〉軍事複合基地で大軍議を招集して、戦略を決定し、戦争の展望を占った。まだこの戦争に参加している全ての〈忠誠派〉スペースマリーン戦団から代表団が出席した。すなわち、クラン自身のレッド・スコーピオン、サラマンダー、ミノタウロスエクソシスト、カーチャロドン、サンズ・オブ・メデューサである。ファイア・ホークの戦団長である今や病に倒れたスティボア・ラザイレクもまた同等者として招かれたが、議席そのものは別の者が占めた。こうして集まった者たちの間には、糾弾と疑惑の染みがまだ残っていた。異端審問庁の〈特使〉ジャーンダイス・フレインはこの軍議で地球至高卿の意見を代表して議長をつとめた。そしてフレイン個人として工業惑星オングストロームの大賢人からの使節を招待し受諾された。今やこの独立主権工業惑星は〈忠誠派〉の味方として迎え入れられたのである。
 〈異端審問庁特使〉フレインは軍議の席に、マンティス・ウォリアー戦団が完全な破滅を回避するべく、ついに〈特使〉の権威に服したという報せをもたらした。しかし同時に悪い報せも告げた。帝国防衛軍の宙域予備部隊や〈帝国〉海軍の増援艦隊は望めないというものだった。戦乱は〈帝国〉全域に起こっており、東部辺境宙域におけるティラニッドの脅威と新興の異種族への対応は待ったなしであったため、〈忠誠派〉の求めよりも優先されたのであった。しかしそれでも、悪名高いスター・ファントム戦団が全兵力を率いて急行中であり、一年以内に〈忠誠派〉に合流する見込みであった。オングストロームの〈帝国技術局〉は大量の武器弾薬を提供して〈忠誠派〉を援助すると宣言した。また、戦機が熟せば、バダブ攻撃を助けるとの誓約も立てた。〈忠誠派〉の新戦略を歩調をあわせ、またピレアウスでの苦い戦訓をふまえて、バダブ侵攻およびその包囲は、圧倒的な戦力が集まるまで延期されることになった。一方、バダブの経済封鎖と監視は強化され、その間に〈渦圏〉の平定を進めることになった。
 ファイア・ホーク戦団の巨大な軌道要塞修道院〈猛禽の王〉はピレアウス星系に派遣され、封鎖強化の要とされたが、〈忠誠派〉がこの星系に到着すると、そこはすでに半ば放棄された廃墟と化していた。クリティアス第二衛星は荒廃してほとんど生命も絶えており、ヤロー基地はかつての主人アストラル・クロウたちによって一切合切を持ち去られ、飢えて滅びるがままに打ち捨てられていたのである。エンディミオン星区からカーチャロドン戦団が呼び戻された。これはマンティス・ウォリアー戦団の降伏条件に沿ったものであった。カーチャロドンの大艦隊はエクソシストとサンズ・オブ・メデューサ戦団とともに小規模な戦闘部隊に再編されて〈帝国〉海軍の偵察艦とともに、〈渦圏〉全体での独立した追跡撃滅任務につくことになった。

名誉の負債(912.M41)

 バダブ戦争が血塗られた結末へと向かう中、いくつか解決しなければならない大問題が残されていた。特にエグゼキューショナー戦団の扱いが問題だった。サンズ・オブ・メデューサとカーチャロドンはまもなくこのとらえどころのない戦団の追跡を開始した。彼らはエグゼキューショナーの活動の中心はディーン宇宙気流であると考えて、殲滅作戦を実行しようとした。小競り合いと衝突はエスカレートしはじめ、サラマンダーの戦団長ペラス・ミルサンは非常な憂慮を覚えた。エグゼキューショナー戦団は戦争中、名誉ある行動をとっており、さらにサラマンダーは〈血の刻事件〉で簡単に返せない借りを彼らに対して作っていたからである。〈太陽の宙域〉からサラマンダーの先遣巡洋艦〈オブシディア〉と半個中隊の戦闘同胞が戻ってきたことで、ミルサンはエグゼキューショナーの戦団長サルサ・ケインを探し出そうとした。そして交渉によってエグゼキューショナーをこの戦争から退去させようとしたのである。
 数ヶ月の間〈渦圏〉南部辺縁部を探し求めた末、〈オブシディア〉はエリデイン瀑布の辺縁での戦闘報告に応じて急行した。その場所でエグゼキューショーナーの大戦艦〈パイトンの激怒〉と悪名高い〈夜の鬼女〉が、荒れ狂う星系の濃密な小惑星帯や塵雲の中で、損傷を受けた二隻のサンズ・オブ・メデューサ所属の打撃巡洋艦を追撃しているところに出くわした。自艦の危険もかえりみず、ミルサン隊長は砲火を交える両軍の間に分け入って、自分の艦載兵器を停止した。そして戦闘同胞どうしの名誉ある話し合いを要求した。〈忠誠派〉はあわや同士討ちというような厳しい緊張状態に陥ったが、ミルサンは両軍の停戦に成功した。それから、サンズ・オブ・メデューサの退却とエグゼキューショナーの停戦にこぎつけると、ケインの乗る〈夜の鬼女〉にサラマンダーの和平の旗をかかげて乗船し、〈忠誠派〉大本営との講和を求めたのである。忍び寄るカーチャロドンの軍艦が惑星クロウズ・ワールドに向かう不気味な〈歪み〉のこだまが響いていたが、攻撃は行われなかった。
 〈忠誠派〉陣営の多くはエグゼキューショナー戦団を見つけ次第逮捕もしくは殺戮しようと考えていたが、〈第一創設期〉戦団の代表であり尊敬されるペラス・ミルサンの言葉は重く、この時点で不名誉な流血は起こる可能性は少なかった。危険で予測のつかない戦団を無血で戦争から脱落させる優れた戦略を見て、最高司令官クランはエグゼキューショナー戦団に関するミルサンの提議を受諾した。しかし、〈軍令長〉は独自の通告をいくつか付け加えた。名誉ある休戦協定の中で、エグゼキューショナー戦団は〈渦圏〉全域での戦闘を停止して退去し、決して戻ってこないことが定められた。残存戦力は、彼らの行動について判断する査問会が開かれるまでの間、遠方の本拠地惑星にとどまることとされた。現任のエグゼキューショナー戦団長サルサ・ケインは選抜されたオナーガードおよび船員とともに〈夜の鬼女〉に乗艦したまま自発的にサラマンダー戦団の拘束下におかれ、戦争終結までサラマンダーの本拠地惑星ノクターンに留め置かれることになった。これ以降、サラマンダー戦団はエグゼキューショナーの協定遵守の保証人となった。しかし、〈忠誠派〉の中にはこの決定に従ったものの、エグゼキューショナーとの間の遺恨を決して忘れない者たちもいた。

(続く)